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遺言書のひな型を見ると、たいてい最後に「遺言執行者として長男 太郎を指定する」という一行があります。
これは要るのか。専門家に頼むと数十万円かかると聞いて、手が止まった人は多いはずです。
遺言執行者が「いないと実現しない」ことは、3つしかありません。 それ以外は、相続人が協力すれば執行者なしでも手続きは進みます。逆に言えば、判断の軸は「もめる見込みがあるかどうか」です。
条文と報酬相場、そして実家がある場合の注意点を整理します。
結論|先に3つ

1. 必ず要るのは3つの場面だけ
子の認知、相続人の廃除、相続人以外への遺贈。この3つは執行者がいないと実現しません。
2. それ以外は「もめる見込み」で決める
円満なら相続人が務めて報酬なしで足ります。もめそうなら第三者に頼みます。
3. 執行者がいると、相続人は勝手に処分できない
民法1013条。相続人が実家を売っても、その売買は無効になります。
遺言執行者は、何をする人か

条文はこうなっています。
| 条 | 内容 |
|---|---|
| 1006条1項 | 遺言で1人または数人を指定できる。指定を第三者に委託してもよい |
| 1007条1項 | 就職を承諾したときは、直ちに任務を行う |
| 1007条2項 | 任務を開始したら、遅滞なく遺言の内容を相続人に通知する |
| 1012条1項 | 遺言の内容を実現するため、必要な一切の行為をする権利義務を持つ |
| 1012条2項 | 遺言執行者があるときは、遺贈の履行は執行者のみが行える |
| 1015条 | 権限内で執行者として行った行為は、相続人に直接効力を生じる |
「必要な一切の行為」の中身は、実際には次のような作業です。
- 相続人と受遺者を戸籍で調べて確定する
- 財産目録を作って相続人に交付する
- 金融機関で解約・払戻しの手続きをする
- 不動産の名義変更を申請する
- 遺贈を受ける人に財産を引き渡す
相続人全員の印鑑を1件ずつ集めなくても、執行者ひとりの署名で手続きが通るのが最大の利点です。
1007条2項の通知義務と、1012条・1013条の明確化は、2019年7月1日施行の改正で入りました。それ以前の遺言書しか見ていないと、この部分の感覚が古いままになります。
執行者がいないと実現しない3つ

1. 遺言で子を認知する
戸籍の届出を執行者が行います。相続人にはできません。
2. 遺言で相続人を廃除する、または廃除を取り消す
執行者が家庭裁判所に請求します。
3. 相続人以外の人に遺贈する
民法1012条2項により、遺贈の履行は執行者しかできません。内縁の相手、世話になった甥や姪、団体への寄付はここに当たります。
この3つは、執行者がいなければ遺言の内容がそのまま実現しません。 指定がなければ、家庭裁判所に選任を申し立てることになります。
実家じまいの場面で関わるのは、主に3つめです。「同居していた長男の妻に実家を」といった内容は、妻が相続人でないため遺贈になります。
要らないことも多い

必須の3つに当たらないなら、次で判断します。
| 立てたほうがよい | なくても進む |
|---|---|
| 相続人どうしの仲が悪い | 相続人が配偶者と子だけで円満 |
| 相続人が多い、または遠方に散っている | 相続人が2〜3人で連絡が取れる |
| 相続人に認知症の人がいる | 全員が手続きに協力できる |
| 財産が多く、内容が複雑 | 内容が「実家は長男、預貯金は次男」程度 |
| 前妻の子など、面識のない相続人がいる | 全員が顔見知り |
| 音信不通の相続人がいる | 全員の住所が分かっている |
報酬を払う価値があるかは、もめる見込みの大きさで決まります。 円満で内容も単純なら、相続人のひとりを執行者に指定して報酬なし、で足ります。
もめたときに何が起きるかは遺産分割協議書の作り方で扱っています。
誰を執行者にするか

| 選択肢 | 報酬 | 向いている場面 | 弱点 |
|---|---|---|---|
| 相続人のひとり | 無償にできる | 円満で内容が単純 | 他の相続人に疑われる |
| 司法書士・弁護士 | 20万〜100万円 | もめる見込みがある | 費用がかかる |
| 信託銀行 | 100万円〜 | 財産が多い | 最低報酬が高い |
相続人を指定するのは、条文上まったく問題ありません。 実家じまいでは、長男を執行者にして報酬なし、という形がいちばん多く見られます。
ただし、執行者になった相続人は次の負担を負います。
- 遺言の内容を全相続人に通知する義務(1007条2項)
- 財産目録を作って交付する義務
- 金融機関と法務局の手続きを自分で回す手間
- 自分の取り分が多い内容だと、他の相続人から疑われる立場
不仲が見えているなら、第三者に頼んだほうが結果的に安く済みます。 もめてから弁護士に頼むと、執行者報酬よりはるかに高くつきます。

報酬の相場

| 依頼先 | 報酬の目安 |
|---|---|
| 相続人が務める | 無償にできる |
| 司法書士 | 20万〜75万円(30万円〜、または遺産額の1%が多い) |
| 税理士 | 基本20万〜30万円+遺産総額の0.5〜2% |
| 弁護士 | 30万〜100万円 |
| 信託銀行(遺言信託) | 最低100万円程度。基本100万円に、100万円を超える部分の1.1%を加える例がある |
大まかには遺産総額の1〜3%が目安です。不動産の数、相続人の人数、遺贈の有無で上下します。
報酬は相続財産から払います。 相続人の誰かが立て替えるものではありません。
民法1018条1項は「家庭裁判所が報酬を定めることができる。ただし遺言者が遺言に報酬を定めたときはその定めによる」としています。遺言書に金額を書いておくと、あとで争いになりません。
費用の全体像は遺言書の書き方と費用でまとめています。
就任してからの流れ

| 順 | やること | 根拠・備考 |
|---|---|---|
| 1 | 就職を承諾するか決める | 断ることもできる |
| 2 | 直ちに任務を開始する | 1007条1項 |
| 3 | 遺言の内容を相続人全員に通知する | 1007条2項。遅滞なく |
| 4 | 相続人と受遺者を戸籍で確定する | 出生から死亡までの戸籍が要る |
| 5 | 財産目録を作り、相続人に交付する | 不動産・預貯金・債務 |
| 6 | 名義変更、解約、引渡しを行う | 執行者の署名で手続きできる |
| 7 | 完了を相続人に報告する | 経過と結果を書面で残す |
自筆証書遺言は、先に家庭裁判所の検認が要ります。 法務局の保管制度を使っていた場合と、公正証書遺言は検認が不要です。
口座は死亡の連絡が入った時点で凍結されます。詳しくは相続で口座が凍結されたときで扱っています。
相続人がしてはいけないこと

執行者がいるときは、相続人の行動が制限されます。ここを知らずに動くと、あとで取り返しがつきません。
民法1013条1項は「遺言執行者があるときは、相続人は相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができない」と定めています。
違反した行為は無効です。 ただし2項により、善意の第三者には対抗できません。
具体的には次が該当します。
- 遺言で他の相続人に渡すとされた実家を、勝手に売る
- 被相続人の預貯金を引き出して使う
- 遺言の内容と違う遺産分割をする
- 執行者に無断で賃貸に出す
「売ってしまったあとに遺言書が出てきた」が最悪の形です。 買った相手が事情を知らなければ、その人からは取り戻せません。取り戻せるのは、売った相続人への賠償だけになります。
実家があるときの注意
不動産が絡むと、執行者の仕事は一段重くなります。
| 場面 | 注意点 |
|---|---|
| 「実家は長男に相続させる」 | 2024年4月から相続登記は義務。3年以内に申請する |
| 「実家を売って代金を分ける」 | 換価分割。執行者が売却まで行う旨を遺言に書いておく |
| 「実家は相続人以外に遺贈する」 | 登記は執行者と受遺者の共同申請。執行者がいないと進まない |
| 共有名義になっている | 他の共有者の意向で売却が止まる |
| 名義が祖父のまま | 先に祖父の相続を片付ける必要がある |
いちばん多い失敗は「売って分ける」と書いてあるのに、売る権限を書いていないことです。 換価分割を想定するなら、遺言書に「遺言執行者は本件不動産を売却し、その代金を分配する」と明記してもらってください。
売る前提なら、金額の見当をつけておくほうが話が早く進みます。
分ける前に、実家がいくらになるか調べる
「売って分ける」と書いてあっても、金額が分からなければ誰も判断できません。 相続した不動産の査定に対応していて、申し込みは無料です。
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断りたい、辞めたいとき
指定されても、引き受ける義務はありません。
就職前なら、断るだけで済みます。 相続人や受遺者から「承諾するかどうか確答してほしい」と催告され、期間内に答えないと承諾したものとみなされるので、断るなら明確に伝えてください。
就職したあとは、勝手には辞められません。 民法1019条2項により、正当な事由があるときに家庭裁判所の許可を得て辞任します。病気、遠方への転居、相続人との対立などが正当な事由として扱われます。
逆に、任務を怠る執行者は解任できます。1019条1項により、利害関係人が家庭裁判所に解任を請求します。
- 財産目録を作らない
- 何か月も連絡が取れない
- 特定の相続人に有利な処分をした
引き受ける前に、自分にできる分量かを見てください。 途中で投げ出すほうが、断るよりはるかに面倒です。
指定がないとき|選任の申立て
遺言執行者の指定がない、指定された人が断った、途中で辞任した。このときは家庭裁判所に選任を申し立てます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 申立てできる人 | 相続人、受遺者、債権者などの利害関係人 |
| 申立先 | 遺言者の最後の住所地の家庭裁判所 |
| 費用 | 収入印紙800円(遺言書1通につき)+連絡用の郵便切手 |
| 添付書類 | 遺言書の写し(検認が必要なものは検認済証明書つき)、戸籍等 |
| 選ばれる人 | 弁護士や司法書士が選ばれることが多い |
必須の3場面に当たるなら、申立ては避けられません。 逆に、相続人全員が協力できるなら、申し立てずに遺産分割を進めるほうが早いこともあります。
法定相続分の割合は法定相続分の割合で確認できます。
つまずきやすい8つ

- 執行者を立てずに遺贈を書いた — 相続人全員の協力が要る形になる
- 「売って分ける」と書いたのに売る権限を書かなかった — 換価分割が進まない
- 不仲なのに相続人を執行者にした — 疑われて手続きが止まる
- 報酬を遺言に書かなかった — あとから金額で争いになる
- 相続人への通知を怠った — 1007条2項違反。解任の理由になる
- 財産目録を作らなかった — 同じく解任の理由になる
- 遺言書を探す前に実家を売った — 1013条違反。賠償の話になる
- 就職したあとに投げ出そうとした — 家庭裁判所の許可が要る
よくある質問
Q. 遺言執行者に資格は要りますか
要りません。未成年者と破産者はなれませんが、それ以外は相続人でも第三者でも構いません。
Q. 複数人を指定できますか
できます。民法1006条1項は「1人または数人」としています。ただし全員の合意で進めることになり、かえって遅くなることがあります。
Q. 執行者が先に亡くなっていたら
家庭裁判所に選任を申し立てます。予備の執行者を遺言で指定しておく方法もあります。
Q. 執行者は相続税の申告もしますか
申告義務は相続人にあります。執行者の仕事ではありませんが、財産目録は申告の土台になります。
Q. 報酬は誰が払いますか
相続財産から払います。遺言で金額を定めていなければ、家庭裁判所が定めることもできます。
Q. 遺言執行者になると借金も引き継ぎますか
引き継ぎません。執行者は遺言の内容を実現する立場で、債務を負う立場ではありません。ただし相続人でもある場合、相続人としての責任は別に残ります。
Q. 自筆の遺言書でも執行者を指定できますか
できます。ただし自筆証書遺言は家庭裁判所の検認が要ります(法務局の保管制度を使った場合を除く)。
Q. 遺言書の内容に納得できないときは
遺留分侵害額請求という手段があります。執行者に止める権限はなく、相続人が直接請求する形になります。
もめそうだと感じたら、早めに間に入ってもらう
当事者同士で話すと、どうしても角が立ちます。不動産が絡むなら、査定の相談から始めると話が具体的になります。申し込みは無料です。
プロモーションを含みます。
まとめ
- 遺言執行者がいないと実現しないのは、子の認知・相続人の廃除・相続人以外への遺贈の3つ
- それ以外は、もめる見込みの大きさで決める。円満なら相続人が務めて報酬なしで足りる
- 相続人を執行者に指定するのは条文上まったく問題ない
- ただし通知義務と財産目録の交付義務を負い、取り分が多いと疑われる立場になる
- 報酬の相場は司法書士20万〜75万円、弁護士30万〜100万円、信託銀行100万円〜
- 大まかには遺産総額の1〜3%。遺言に金額を書いておくと争いにならない
- 報酬は相続財産から払う
- 執行者がいるとき、相続人は相続財産を処分できない(1013条)。違反した行為は無効
- ただし善意の第三者には対抗できない。売られたあとでは取り戻せない
- 遺言書は公証役場、法務局、自宅の3か所を確かめてから動く
- 「売って分ける」と書くなら、執行者が売却する権限まで書いてもらう
- 指定がないときは家庭裁判所に選任を申し立てる。印紙800円
遺言執行者を立てるかどうかは、費用の問題に見えて、実際には「誰が板挟みになるか」を決める話です。 相続人の誰かにその役を負わせるのか、外の人に頼むのか。そこだけ先に決めれば、あとは自然に決まります。
この記事について
執筆:葉山 湊(はやま みなと)
自身の家族の実家じまいを経験し、そのときに「どこにも書かれていなかったこと」を出発点にこのサイトを立ち上げました。弁護士・司法書士などの資格は保有していません。制度や条文については、必ず一次情報(e-Gov法令検索、裁判所、法務省)にあたって記事に反映しています。
本記事の主な出典は次のとおりです。
・条文:e-Gov法令検索「民法」第1006条〜第1021条
・手続:裁判所「遺言執行者の選任」
・改正の内容:法務省「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律(相続法の改正)」
・報酬相場:ベンナビ相続「遺言執行者の報酬相場」/相続税申告相談プラザ「業種別!遺言執行者の7つの報酬相場」
報酬額は依頼先と財産の内容で変わります。本記事の内容は2026年9月25日時点の法令と公表情報にもとづきます。個別の判断は専門家にご確認ください。

