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親の判断能力が落ちてきたとき、あるいはその前に備えようとしたとき、「任意後見」と「法定後見」という2つの言葉が出てきます。
違いを説明した記事はたくさんありますが、多くは制度の紹介で終わっています。この記事では、実際に何人が使っていて、10年でいくらかかり、親族が後見人になれる確率はどれくらいなのかを、最高裁の統計と家庭裁判所の報酬基準で計算します。
先に1つだけ数字を挙げます。令和7年12月末時点で、成年後見の利用者は180,828人。任意後見の利用者は2,833人です。
結論|先に3つ

1. 分かれ目は「もう判断能力が落ちているか」
任意後見は、判断能力があるうちにしか契約できません。すでに認知症が進んでいるなら、選べるのは法定後見だけです。ここで道が分かれます。
2. 任意後見でも、監督人の報酬は一生かかる
任意後見人を子にして無報酬にしても、任意後見監督人(弁護士や司法書士)が必ず付きます。その報酬は管理財産5,000万円以下で月1万〜2万円。本人が亡くなるまで続くので、10年で120万〜240万円です。
3. 親族が後見人になれる確率は、思われているより高い
「専門職が付いて親族はなれない」と言われますが、令和7年に成年後見人等に選任された親族は7,014件。一方、申立書に親族を候補者として書いた事件は全体の19.7%(約7,900件)しかありません。単純に比べると、候補者として名乗り出た事件の9割近くで親族が選ばれている計算になります。
認知症が進む前に、選べる手を確かめる
任意後見も家族信託も、判断能力があるうちにしか使えません。実家をどうするかを含めて、いま何が選べるかを専門家に無料で相談できます。
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2つの制度の、根本的な違い
任意後見|自分で決めて、あとで発効させる
判断能力があるうちに、「将来、判断能力が落ちたら、この人に、これをしてもらう」という契約を公正証書で結びます。契約した時点では何も始まりません。
実際に判断能力が落ちたとき、家庭裁判所に任意後見監督人の選任を申し立てます。監督人が選ばれた時点で、契約の効力が発生します。
法定後見|落ちてから、裁判所が決める
判断能力が落ちた後に、家庭裁判所へ後見開始等の審判を申し立てます。誰を後見人にするかは、家庭裁判所が決めます。候補者を書くことはできますが、そのとおりになるとは限りません。
| 項目 | 任意後見 | 法定後見 |
|---|---|---|
| いつ決めるか | 判断能力があるうち | 判断能力が落ちた後 |
| 誰が後見人を選ぶか | 本人 | 家庭裁判所 |
| 何をしてもらうか | 契約で決める | 法律で定まる |
| 監督人 | 必ず付く | 付くのは3.4% |
| 取消権 | ない | ある(後見・保佐) |
| 令和7年の利用者数 | 2,833人 | 257,068人 |
数字で見る現実|任意後見は全体の1%
最高裁判所事務総局家庭局が公表している「成年後見関係事件の概況」から、令和7年の数字を引きます。
申立件数(令和7年1月〜12月)
| 区分 | 件数 | 前年 |
|---|---|---|
| 総数 | 43,159 | 41,841 |
| 後見開始 | 29,233 | 28,785 |
| 保佐開始 | 9,743 | 9,156 |
| 補助開始 | 3,302 | 3,026 |
| 任意後見監督人選任 | 881 | 874 |
任意後見監督人の選任申立ては881件。全体の2.0%です。
利用者数(令和7年12月末時点)
| 区分 | 人数 |
|---|---|
| 総数 | 259,901 |
| 成年後見 | 180,828 |
| 保佐 | 58,162 |
| 補助 | 18,078 |
| 任意後見 | 2,833 |
利用者ベースでは1.1%です。
なぜ広まらないのか
理由ははっきりしています。判断能力があるうちに、将来の判断能力の低下を想定して契約する、という行動そのものが取りにくいからです。 親に切り出す話としては、相続の話よりも難しいという声をよく聞きます。
そして、契約しても発効させずに終わるケースがあります。家族が「まだ大丈夫」と判断を先送りしているうちに、本人が亡くなってしまうパターンです。
法定後見は3つに分かれる
判断能力の程度によって、3つの類型があります。
後見|判断能力が欠けているのが通常の状態
日常的な買い物も一人ではできない状態。成年後見人には代理権と取消権があり、本人がした契約を後から取り消せます(日用品の購入などは除く)。令和7年の申立ては29,233件で、全体の68%を占めます。
保佐|判断能力が著しく不十分
日常の買い物はできるが、不動産の売買や借金など重要な行為には助けが必要な状態。保佐人には民法13条1項に定める行為についての同意権と取消権があります。代理権は、必要な範囲で個別に付与してもらいます。申立ては9,743件。
補助|判断能力が不十分
多くのことは自分でできるが、難しい判断には不安がある状態。補助人の権限は、申立ての範囲で個別に決めます。申立ては3,302件と最も少ないです。
どれになるかは、診断書と鑑定で決まる
医師の診断書をもとに家庭裁判所が判断します。鑑定が実施されるのは全体の3.4%だけです。鑑定費用は5万円以下が43.7%、10万円以下が85.8%を占めます。「鑑定に10万円かかる」と身構える必要はありますが、そもそも実施されないことのほうが圧倒的に多いです。
任意後見にも3つの形がある
契約しただけでは何も始まらないため、空白期間をどう埋めるかで設計が変わります。

将来型|契約だけしておく
判断能力が落ちたときに備えて契約だけを結びます。それまでは何もしません。もっともシンプルですが、判断能力の低下を誰が見つけるのかという問題が残ります。 離れて暮らす子が気づいたときには手遅れ、ということが起こります。
移行型|見守り契約や財産管理契約とセットにする
任意後見契約と同時に、見守り契約(定期的に連絡・訪問する)や財産管理委任契約(判断能力があるうちから財産管理を任せる)を結びます。実務でもっとも多い形です。
空白期間の問題が解消される代わりに、財産管理委任契約の部分には監督人が付かないという弱点があります。
即効型|契約してすぐ発効させる
判断能力が低下し始めているが、まだ契約はできる、という段階で結び、すぐに監督人選任を申し立てます。契約時の判断能力が争われるリスクがあるため、慎重な運用が求められます。
誰が後見人になるのか
ここは誤解が多いところなので、数字を丁寧に見ます。

令和7年に選任された成年後見人等(関係別件数の合計42,732件)
| 区分 | 件数 | 割合 |
|---|---|---|
| 親族 | 7,014 | 16.4% |
| 親族以外 | 35,718 | 83.6% |
親族以外の内訳は、司法書士11,966件、弁護士8,903件、社会福祉士7,280件、市民後見人390件です。
親族の内訳では、子が半分
親族7,014件のうち、子が3,647件(52.0%)。その他親族1,329件、兄弟姉妹1,053件、配偶者523件、親462件と続きます。
「親族はなれない」は言い過ぎ
16.4%という数字だけ見ると絶望的ですが、もう1つの数字と合わせて読む必要があります。
令和7年に認容で終局した後見・保佐・補助の事件のうち、申立書に親族を候補者として記載していた事件は19.7%しかありません。 残りの80.3%は、そもそも親族の候補者がいない状態で申し立てられています。
認容終局が39,860件なので、親族の候補者がいた事件は約7,850件。そこで親族が選任されたのが7,014件です。単純に割り算すると、候補者として名乗り出た事件の9割近くで親族が選ばれていることになります。
(関係別件数は1件に複数の後見人が付く場合に複数計上されるため、厳密な比率ではありません。それでも桁が違うほどの差ではありません)
それでも専門職が付くケース
- 財産額が大きい(目安として1,000万円超で監督人が付くことがある)
- 親族間で意見が対立している
- 本人の財産を使い込んだ疑いがある
- 不動産の売却や遺産分割など、法的な判断が必要
- 候補者となる親族が高齢、遠方、多忙
費用|任意後見は入口・発効・毎年の3段階

契約時にかかるもの
公証人手数料令(令和7年10月1日施行)に基づく金額です。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 公正証書作成の基本手数料 | 13,000円 |
| 登記嘱託手数料 | 1,600円 |
| 収入印紙代 | 2,600円 |
| 送料 | 実費 |
| 小計 | 約17,200円+実費 |
これは公証役場に払う分だけです。契約書の原案を弁護士・司法書士・行政書士に作ってもらうと、別途10万〜20万円かかります。見守り契約や財産管理委任契約をセットにすると、さらに上がります。
発効させるときにかかるもの
任意後見監督人の選任を家庭裁判所に申し立てます。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 申立手数料(収入印紙) | 800円 |
| 登記手数料(収入印紙) | 1,400円 |
| 郵便切手 | 3,000〜5,000円 |
| 診断書 | 5,000〜1万円 |
| 小計 | 約1万〜1万7,000円 |
発効した後、毎年かかるもの
ここが本体です。
- 任意後見人の報酬:契約で自由に決めます。子が引き受けるなら無報酬にもできます
- 任意後見監督人の報酬:家庭裁判所が決めます。東京家庭裁判所のめやすでは、管理財産額5,000万円以下で月1万〜2万円、5,000万円超で月2万5,000円〜3万円
監督人の報酬は、本人が亡くなるまで発生し続けます。 途中でやめることはできません。
10年の総額
管理財産3,000万円、子が任意後見人を無報酬で務め、監督人の報酬が月1万5,000円のケースです。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 契約時(原案作成15万円込み) | 16万7,200円 |
| 発効時 | 1万5,000円 |
| 監督人報酬(1.5万×12×10年) | 180万円 |
| 合計 | 約198万円 |
費用|法定後見は入口が安く、毎年が高い
申立てにかかるもの
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 申立手数料(収入印紙) | 800円(保佐・補助で代理権等を求める場合は追加) |
| 登記手数料(収入印紙) | 2,600円 |
| 郵便切手 | 3,000〜5,000円 |
| 診断書 | 5,000〜1万円 |
| 鑑定費用(実施率3.4%) | 5万〜10万円 |
| 小計 | 約1万〜2万円(鑑定があれば+5万〜10万円) |
申立書類の作成を専門家に頼むと、別途10万〜20万円です。
毎年かかるもの
東京家庭裁判所・同立川支部の「成年後見人等の報酬額のめやす」(平成25年1月1日)による基本報酬です。
| 管理財産額 | 成年後見人等の月額 | 監督人の月額 |
|---|---|---|
| 1,000万円以下 | 2万円 | — |
| 1,000万円超〜5,000万円以下 | 3万〜4万円 | 1万〜2万円 |
| 5,000万円超 | 5万〜6万円 | 2万5,000円〜3万円 |
このほか、身上監護で特別に困難な事情があれば基本報酬の50%の範囲内で、訴訟・調停・遺産分割・不動産売却・賃貸管理といった特別の行為があれば相当額が付加報酬として加算されます。
10年の総額
管理財産3,000万円、専門職が後見人に選任され、月3万円のケースです。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 申立て(専門家に依頼15万円込み) | 16万5,000円 |
| 後見人報酬(3万×12×10年) | 360万円 |
| 合計 | 約377万円 |
親族が後見人になり無報酬で務められれば、10年でも16万5,000円で済みます。ここが最大の分かれ目です。

| パターン | 10年の総額 |
|---|---|
| 法定後見・親族が無報酬で後見人 | 約17万円 |
| 任意後見・親族が無報酬+監督人月1.5万円 | 約198万円 |
| 法定後見・専門職が後見人(月3万円) | 約377万円 |
「任意後見のほうが安い」とは限りません。 親族が法定後見人に選任されれば、任意後見より大幅に安く済みます。任意後見の価値は費用ではなく、「誰に、何を任せるかを自分で決められること」にあります。
費用と権限を、自分のケースで見積もってもらう
財産額と家族構成で最適な形は変わります。任意後見・法定後見・家族信託のどれが合うか、無料で相談できます。
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みんなは、何のために後見を使っているのか
申立ての動機の統計を見ると、制度が実際に何に使われているかが分かります。令和7年の終局事件42,674件が母数で、複数回答です。

| 動機 | 件数 | 割合 |
|---|---|---|
| 預貯金等の管理・解約 | 39,871 | 93.4% |
| 身上保護 | 31,655 | 74.2% |
| 介護保険契約 | 19,502 | 45.7% |
| 不動産の処分 | 15,502 | 36.3% |
| 相続手続 | 10,909 | 25.6% |
| 保険金受取 | 7,578 | 17.8% |
| 訴訟手続等 | 2,613 | 6.1% |
大半は「お金が動かせない」から始まる
93.4%が預貯金の管理・解約です。親の口座が凍結され、施設費用が払えない、という状況が入口になっています。
3件に1件以上が不動産の処分
36.3%、件数にして15,502件。実家をどうするかが、後見を申し立てる主な理由の1つになっているということです。この記事を読んでいる方の多くも、ここに当たるはずです。
だからこそ、先に確認してほしいこと
不動産の処分だけが目的なら、後見以外の道がないかを検討する価値があります。
- 親の判断能力がまだあるなら、生前に売ってしまうのがいちばん簡単です
- 判断能力が落ちる前なら、家族信託で受託者が売れるように設計できます
- 後見を使うと、売却が終わっても制度は続き、報酬も続きます
発効までの空白期間に、何が起きるか
任意後見でいちばん見落とされるのが、この空白です。
契約しても、何も始まらない
任意後見契約は、監督人が選任されて初めて効力を持ちます。契約書に署名した日から発効まで、5年、10年と空くことがあります。
判断能力の低下を、誰が見つけるのか
離れて暮らす子が、年に数回会うだけでは気づけません。気づいたときには、すでに不要な契約を結ばされていた、という事例が少なくありません。
空白を埋める3つの契約
- 見守り契約:月1回の電話、3か月に1回の訪問などを取り決めます。月額5,000円〜1万円が相場です
- 財産管理委任契約:判断能力があるうちから、通帳の管理や支払いを任せます。監督人が付かないため、信頼できる相手に限ります
- 死後事務委任契約:葬儀、納骨、行政手続き、遺品整理を委任します。後見は本人の死亡で終了するため、その後を埋めるものです
発効を判断するのは家族
「そろそろ発効させるべきか」を判断する人が要ります。主治医に診断書を書いてもらい、家庭裁判所に申し立てるのは、多くの場合、任意後見人となる子です。
契約時に、「どうなったら発効させるか」を家族の間で言語化しておくことをおすすめします。「通帳の場所が分からなくなったら」「同じ話を繰り返すようになったら」といった具体的な目安です。
権限の違い|任意後見には取消権がない
制度を選ぶうえで、費用と並んで重要な違いです。
| 権限 | 後見 | 保佐 | 補助 | 任意後見 |
|---|---|---|---|---|
| 代理権 | あり(包括的) | 個別に付与 | 個別に付与 | 契約で定めた範囲 |
| 同意権 | — | 民法13条1項の行為 | 個別付与 | なし |
| 取消権 | あり | あり | 個別付与 | なし |
取消権がないと、何が困るのか
訪問販売で不要なリフォーム契約を結んでしまった、投資用のマンションを買わされた、というとき。成年後見人なら、その契約を取り消せます。
任意後見人にはこの権限がありません。契約そのものを無効・取消しにするには、消費者契約法や民法の意思能力を理由に、個別に争うことになります。
代理権の範囲は契約書がすべて
任意後見では、契約書の代理権目録に書いてあることしかできません。「実家の売却」を入れ忘れていると、いざ売る段になって代理できないという事態が起こります。
原案を専門家に作ってもらう価値は、ここにあります。5年後、10年後に必要になることを想定して、代理権目録を網羅的に作れるかどうかで、契約の実用性が決まります。
居住用不動産を売るときは、どちらも許可が要る
実家じまいの文脈では、ここが最大の関心事だと思います。
法定後見の場合
民法859条の3により、成年後見人が本人の居住用不動産を売却・賃貸・抵当権設定・賃貸借の解除をするには、家庭裁判所の許可が必要です。
「居住用」には、現に住んでいる家だけでなく、入院・入所前に住んでいた家、将来戻る可能性がある家も含まれます。老人ホームに入った親の実家は、たいてい居住用不動産に当たります。
任意後見の場合
条文上は859条の3の準用がありませんが、実務では任意後見監督人の同意を求められます。契約書に「居住用不動産の処分には監督人の書面による同意を要する」と定めるのが通常です。
許可の判断基準
- 売る必要があるか(施設費用の不足、維持費の負担)
- 価格が適正か(複数社の査定、不動産鑑定)
- 本人の生活に不都合がないか(戻る見込みの有無)
査定書を複数枚そろえることが、許可を得るうえでほぼ必須です。実家の売却手続きは認知症の親の実家は売れるかで時系列に整理しています。
途中で切り替えられるか
任意後見 → 法定後見|原則できない、が例外あり
任意後見契約が発効している間は、法定後見の開始審判はできないのが原則です(任意後見契約に関する法律10条1項)。
ただし、「本人の利益のためにとくに必要があると認めるとき」は、家庭裁判所が法定後見を開始できます。 任意後見人に取消権がないために本人が被害を受け続けている、代理権の範囲が狭すぎて対応できない、といったケースです。
法定後見が開始されると、任意後見契約は終了します。
法定後見 → 任意後見|ほぼできない
法定後見が始まっている=すでに判断能力が低下しているので、新たに任意後見契約を結ぶ能力がありません。事実上、逆戻りはできません。
後見人を替えたい場合
専門職の後見人が付いたあとで「合わないから替えたい」と思っても、簡単には替えられません。家庭裁判所に解任を申し立てることになりますが、不正や著しい不行跡といった事由が必要です。「話しにくい」「報告が遅い」程度では替わりません。
後見が始まると、できなくなること
制度を選ぶ前に、いちばん知っておくべき点です。後見は本人を守る制度なので、本人の利益にならない行為は一切できなくなります。

相続税対策が全部止まる
- 生前贈与(暦年贈与も相続時精算課税も)
- 生命保険への加入(非課税枠の活用)
- 賃貸アパートの建築による評価減
- 養子縁組
いずれも「本人の財産を減らす」行為なので、後見人は行えません。年110万円の贈与を10年続けるつもりだった家庭では、その計画が後見開始の日で止まります。
相続税の非課税枠の使い方は生命保険の相続税非課税枠、贈与の判断は生前贈与と相続はどちらが得かにまとめています。後見が始まる前にしか使えない手です。
親族への援助ができない
孫の学費、子への生活費の援助、親族の結婚祝い。これまで当たり前にしていた支出も、本人の利益にならないと判断されれば認められません。
扶養義務の範囲内であれば認められることもありますが、家庭裁判所への事前相談が必要です。
実家の使い方が制限される
空き家になった実家を、子が使う、親族に貸す、といったことも自由にはできません。本人の財産を本人以外のために使うことになるためです。
適正な賃料を取る、家庭裁判所の許可を得る、といった手続きが要ります。
毎年、報告義務がある
後見人は年1回、家庭裁判所に財産目録と収支報告書を提出します。通帳のコピー、領収書、施設の請求書を添えます。
親族が後見人になった場合、この事務を自分でやることになります。使途不明の出金があれば必ず指摘され、説明できなければ後見人を解任されることもあります。
居住用不動産は裁判所の許可が要る
前述のとおりです。査定書をそろえ、売却の必要性を説明する書類を作ります。許可が下りるまで1〜2か月かかることもあります。
家族信託とどう違うのか
3つ目の選択肢として、家族信託があります。
| 項目 | 任意後見 | 法定後見 | 家族信託 |
|---|---|---|---|
| 財産の管理 | できる | できる | できる(信託した財産のみ) |
| 身上監護 | できる | できる | できない |
| 積極的な運用・処分 | 監督人の同意が要る | 裁判所の許可が要る | 契約で自由に設計できる |
| 本人死亡後 | 終了 | 終了 | 承継先まで指定できる |
| 毎年の費用 | 監督人報酬 | 後見人報酬 | 原則なし |
| 初期費用 | 約17万円〜 | 約2万円〜 | 数十万〜100万円超 |
使い分けの原則
- 実家を売る、活用する、収益を生む → 家族信託が向く
- 介護施設の契約、医療同意の前提となる手続き → 後見が必要
- 両方いる → 併用する(信託で不動産、後見で身上監護)
家族信託の費用内訳とデメリットは家族信託の費用にまとめています。
身元保証とは別の話
施設入所で求められる身元保証人は、後見人が引き受けられるとは限りません。この点は身元保証人がいないときで整理しています。
向いているケース

任意後見が向く
- 親の判断能力がまだしっかりしている
- 任せたい相手が決まっている(長男、信頼できる甥など)
- 財産が多く、法定後見だと専門職が付く可能性が高い
- 何をしてほしいかが具体的にある(実家の管理、施設の契約)
- おひとりさまで、頼れる親族がいない(第三者と契約しておく)
法定後見しか選べない
- すでに認知症が進んでいて、契約の意味を理解できない
- 急いで預金を下ろす必要がある
- 悪質な勧誘の被害に遭っていて、取消権が要る
そもそも後見を使わないほうがよい
- 実家を売るためだけに検討している → 生前売却か家族信託を先に検討
- 預金の払い戻しだけが目的 → 金融機関の代理人届や、少額の払い戻し制度で足りることがある
- 相続手続きのためだけ → 遺産分割協議に本人が参加できないだけなら、他の手も検討の余地があります
後見は、始めたら本人が亡くなるまで続く制度です。 目的が1つのイベント(実家の売却、遺産分割)だけなら、それが終わっても後見は終わりません。報酬も払い続けることになります。
頼れる親族がいない場合
後見制度がもっとも力を発揮するのは、実はこのケースです。
市区町村長申立てという道
身寄りがない、親族と絶縁している、といった場合、本人や親族が申し立てられません。このために、市区町村長が申し立てる制度があります。
令和7年の申立人の内訳では、市区町村長が10,139件で23.7%。本人(24.8%)に次いで2番目に多く、子(18.5%)より多いという結果になっています。件数は前年から1.6%増えました。
ただし、自分から動くほうがよい
市区町村長申立ては、地域包括支援センターや介護事業者が「この人は危ない」と気づいて初めて動きます。それまでに財産を失っている可能性があります。
頼れる親族がいないと分かっているなら、判断能力があるうちに、第三者と任意後見契約を結んでおくほうが安全です。 弁護士、司法書士、社会福祉士、あるいは社会福祉協議会が受け皿になります。
第三者と契約するときの確認事項
- 報酬の額と、改定のルール
- 誰が担当するか(法人契約なら担当者が代わることがある)
- 見守り・財産管理・任意後見・死後事務のどこまでを含むか
- 預託金があるか。あるなら保全されているか
- 途中で解約できるか、その条件
預託金を預ける形の契約は、事業者が破綻したときに戻ってこないおそれがあります。この点は身元保証人がいないときで詳しく整理しました。
死後のことまで決めておく
後見は本人の死亡で終了します。葬儀、納骨、家財の処分、各種の解約は、後見人の職務外です。死後事務委任契約をセットにしておかないと、誰も動けない状態になります。
公証人手数料令では、死後事務委任の公正証書は報酬の定めがなければ6,500円です。任意後見契約と同時に作れば、手間は1回で済みます。
手順|任意後見を結ぶまで

1. 親と話す
いちばん難しい段階です。「認知症になったら」ではなく、「実家をどうするか決めておきたい」という入り口のほうが受け入れられやすいです。
2. 財産と希望を書き出す
不動産、預貯金、有価証券、保険。誰に何を任せたいか。どこで暮らしたいか。
3. 専門家に相談する
弁護士、司法書士、行政書士。任意後見の実務経験があるかを必ず聞いてください。「契約書を作った経験」だけでなく、「発効させた経験」があるかが重要です。
4. 代理権目録を作る
ここが実質的な本体です。実家の売却、賃貸、修繕、施設の入所契約、預貯金の管理、保険金の請求、税の申告。5年後・10年後に必要になることを想定して網羅します。
5. 公証役場で公正証書にする
本人が公証人と面談します。判断能力の確認が入るので、この段階で「難しい」と判断されると作成できません。出張も可能です(手数料が5割増しになります)。
6. 法務局に登記される
公証人が嘱託するので、自分で手続きする必要はありません。登記事項証明書で契約の存在を証明できます。
7. 判断能力が落ちたら、監督人選任を申し立てる
主治医の診断書を添えて、本人の住所地の家庭裁判所へ。監督人が選任された時点で発効します。申立てから選任までは、審理期間の統計では2か月以内が71.1%、4か月以内が93.8%です。
やってはいけないこと
判断能力が落ちてから契約しようとする
公証人が面談で判断します。理解できていないと判断されれば作成できません。「まだ大丈夫」と思っているうちに手を打つことです。
代理権目録を雛形のまま使う
実家の売却が入っていない、施設の入所契約が入っていない、という状態でよく相談が来ます。契約後に追加するには、また公正証書を作り直すことになります。
発効させずに放置する
任意後見契約を結んだまま、判断能力が落ちても監督人選任を申し立てないケースがあります。この状態では契約は効力を持たず、事実上、何も備えていないのと同じです。
親の預金を勝手に動かす
後見人になる前も、なった後も、本人の財産と自分の財産は完全に分けて管理します。後見開始後は毎年家庭裁判所に報告するので、使途不明の出金があれば必ず指摘されます。
家族に黙って進める
きょうだいに知らせずに任意後見契約を結ぶと、発効の段階でもめます。監督人選任の申立てで親族に照会が行くため、そこで初めて知ることになるからです。
よくある質問
Q. 親が任意後見契約を嫌がります
見守り契約や財産管理委任契約だけを先に結ぶ方法があります。任意後見という言葉を使わずに、「困ったときに動けるようにしておく」という説明のほうが通ることがあります。
Q. 任意後見人は複数でもよいですか
できます。財産管理は長男、身上監護は長女、という分け方も可能です。ただし意見が割れたときの決め方を契約書に書いておく必要があります。
Q. 任意後見監督人は誰が選ばれますか
家庭裁判所が選びます。弁護士や司法書士が中心です。候補者を推薦することはできますが、そのとおりになるとは限りません。
Q. 法定後見の申立ては誰ができますか
本人、配偶者、四親等内の親族、検察官、市区町村長などです。令和7年の申立人は本人が24.8%と最多で、市区町村長23.7%、子18.5%と続きます。
Q. 後見人の報酬は誰が払いますか
本人の財産から支払われます。家族の負担ではありません。ただし本人の財産が減っていくので、相続財産は目減りします。
Q. 報酬が払えないほど財産が少ない場合は
市区町村の成年後見制度利用支援事業で、申立費用や報酬の助成を受けられることがあります。自治体の高齢福祉課に確認してください。
Q. 後見制度支援信託・支援預貯金とは何ですか
日常的に使わない財産を信託銀行等に預け、払い戻しに家庭裁判所の指示書を必要とする仕組みです。これを利用することで、親族が後見人に選ばれやすくなる運用があります。申立ての際に相談してみてください。
Q. 申立てを途中で取り下げられますか
家庭裁判所の許可がなければ取り下げられません。「思っていた人が後見人にならなそうだから やめる」という理由では、まず許可されません。申立ての前に、誰が選ばれる可能性があるかを見積もっておく必要があります。
Q. 後見人が付いた親の家を、子が相続することに影響しますか
後見自体は相続の内容を変えません。ただし後見期間中に生前贈与や遺言の作成ができなくなるため、結果として法定相続分どおりに分けることになりやすいです。遺言を残すつもりがあるなら、判断能力があるうちに作っておいてください。
Q. 任意後見契約は解除できますか
発効前であれば、公証人の認証を受けた書面で、本人・任意後見受任者のどちらからでも解除できます。発効後は、正当な事由があり、家庭裁判所の許可を得た場合に限られます。
Q. 後見人は医療行為に同意できますか
できません。手術や延命治療の同意は、後見人の権限外です。これは任意後見でも法定後見でも同じで、制度の限界として知られています。事前指示書やリビングウィルで意思を残しておくのが現実的な備えです。
まとめ
- 分かれ目は判断能力があるうちか。落ちていれば法定後見しか選べない
- 令和7年の利用者は成年後見180,828人に対し、任意後見2,833人(全体の1.1%)
- 成年後見人等に選ばれた親族は16.4%。ただし親族を候補者として書いた事件は19.7%しかなく、名乗り出れば9割近くで選ばれている
- 任意後見でも監督人の報酬は本人が亡くなるまで。月1万〜2万円、10年で120万〜240万円
- 10年の総額は、法定後見・親族が無報酬なら約17万円、任意後見(監督人付き)約198万円、法定後見・専門職なら約377万円
- 任意後見には取消権がない。悪質商法の被害には弱い
- 居住用不動産の売却には、どちらも許可または同意が必要
- 一度始めると、本人が亡くなるまで終わらない
実家を売るためだけに後見を検討しているなら、まず家族信託や生前売却で解決できないかを確かめてください。後見は最後の手段です。
判断能力が残っているうちにしか選べない手があります。迷っている時間が、そのまま選択肢を狭めていきます。
まだ選べるうちに、専門家に確かめる
任意後見・家族信託・生前売却のどれが合うかは、財産の中身と家族構成で変わります。実家をどうするかまで含めて、無料で相談できます。
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