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相続の手続きは、ほぼすべてが「書類が揃っているか」で決まります。
役所も銀行も法務局も、話を聞いて判断する場所ではありません。出された紙が要件を満たしているかどうかを見るだけです。だから、書類さえ揃えば手続きは驚くほど早く終わりますし、一枚足りなければ、その日は何も進まずに終わります。
そして2024年3月1日、この「集める」作業のルールが大きく変わりました。戸籍の広域交付です。本籍地が全国に散らばっていても、最寄りの市区町村の窓口1か所で、まとめて取れるようになりました。
ただし、これにははっきりした限界があります。「広域交付で全部取れる」と思って窓口に行き、目当ての戸籍だけ取れずに帰ることになったという話は、実際に起きています。
この記事では、何の手続きに何が必要かを手続き別に整理したうえで、広域交付で取れるもの・取れないものを切り分けます。そして、どの順番で集めれば最短かまで具体的に示します。

結論|相続の書類は3つの層でできている

相続手続きで求められる書類は、どの窓口でも、次の3つの層の組み合わせです。
| 層 | 何を証明するか | 主な書類 |
|---|---|---|
| 第1層:亡くなった人 | 死亡した事実と、その人の一生 | 死亡診断書、出生から死亡までの連続した戸籍、住民票の除票 |
| 第2層:相続人 | 誰が相続人か、その人は本人か | 相続人全員の戸籍謄本、印鑑証明書、住民票 |
| 第3層:財産と分け方 | 何を、誰が受け取るか | 遺産分割協議書、遺言書、固定資産評価証明書、残高証明書 |
第1層と第2層は、どの手続きでも共通です。変わるのは第3層だけ、と考えて構いません。
つまり、「毎回ゼロから集め直す」必要はないということです。第1層・第2層を一度きちんと揃えてしまえば、あとは提出先ごとに第3層を足すだけになります。
2024年3月に変わったこと|戸籍の広域交付

2024年3月1日、戸籍法の一部を改正する法律(令和元年法律第17号)が施行され、戸籍証明書の請求方法が変わりました。
法務省は、この改正でできるようになったことを「どこでも」「まとめて」という言葉で説明しています。
「どこでも」— 本籍地でなくても取れる
これまで、戸籍謄本は本籍地の市区町村でしか取れませんでした。親の本籍が九州にあり、自分が東京に住んでいれば、郵送で請求するしかなかったわけです。
郵送請求は、定額小為替を買い、返信用封筒を用意し、往復で1〜2週間かかります。本籍が転々としていれば、その回数だけ繰り返すことになります。
広域交付では、お住まいや勤務先の最寄りの市区町村の窓口で請求できます。
「まとめて」— 全国分を1か所で
そして重要なのがこちらです。ほしい戸籍の本籍地が全国各地にあっても、1か所の窓口でまとめて請求できます。

たとえば、父の戸籍が「東京都世田谷区 → 神奈川県川崎市 → 富山県高岡市 → 石川県金沢市」と移っていた場合。
従来なら、4つの市区町村に個別に郵送請求する必要がありました。往復の郵送と、それぞれの役所の処理時間を考えれば、全部揃うまでに1か月前後かかることも珍しくありませんでした。
広域交付なら、自宅近くの窓口に1回行くだけです。
広域交付で「取れないもの」4つ

法務省が公表している制限は、次の4つです。どれも相続の場面で実際にぶつかります。
| 制限 | 内容 | 相続での影響 |
|---|---|---|
| 請求できる人 | 本人・配偶者・直系尊属・直系卑属のみ | 兄弟姉妹の戸籍は取れない |
| 請求の方法 | 窓口で本人が請求。郵送・代理人は不可 | 遠方の人が代わりに行けない |
| 対象の戸籍 | コンピュータ化されていない一部の戸籍・除籍は除く | 古い戸籍は結局その市区町村へ |
| 証明書の種類 | 一部事項証明書・個人事項証明書は請求できない | 抜粋だけ欲しい場面で使えない |
順番に、なぜ困るのかを説明します。
1. 兄弟姉妹の戸籍は取れない

広域交付で請求できるのは、本人・配偶者・父母や祖父母(直系尊属)・子や孫(直系卑属)の戸籍だけです。
ここに兄弟姉妹は含まれていません。
これは、相続では致命的に効いてきます。亡くなった人に子どもがなく、親も既に他界している場合、相続人は兄弟姉妹になります(民法889条)。この「第三順位」の相続では、兄弟姉妹全員の戸籍を集めなければ手続きが進みません。
そして兄弟姉妹の戸籍は、広域交付では取れないのです。
| 相続のパターン | 必要な戸籍 | 広域交付で足りるか |
|---|---|---|
| 子が相続する | 親(直系尊属)と自分 | 足りる |
| 孫が代襲相続する | 祖父母・親・自分 | 足りる |
| 配偶者が相続する | 配偶者 | 足りる |
| 兄弟姉妹が相続する | 兄弟姉妹、その子(甥姪) | 足りない |
| 甥・姪が代襲相続する | 叔父叔母、いとこ等 | 足りない |
2. 郵送・代理人による請求はできない
広域交付は、請求できる本人が、窓口に足を運ぶ必要があります。
- 郵送請求は不可
- 司法書士・弁護士などの代理人による請求も不可
- 委任状を持った家族による請求も不可
- 窓口では顔写真付きの身分証明書(運転免許証、マイナンバーカード、パスポートなど)の提示が必要
つまり、入院中の方や、遠方に住んでいて動けない方は、この制度の恩恵を受けられません。その場合は、従来どおり本籍地への郵送請求に戻ります。
専門家に依頼している場合も同じです。司法書士が広域交付でまとめて取ってくる、ということはできません。
3. コンピュータ化されていない戸籍は対象外
戸籍は、平成6年の法改正以降、順次コンピュータ化されてきました。ただし、移行の時期は市区町村ごとにバラバラです。
そして、コンピュータ化されていない一部の戸籍・除籍は、広域交付の対象外とされています。
これが厄介なのは、行ってみるまで分からない点です。窓口で請求して初めて「この分は本籍地に請求してください」と言われることになります。
古い時代の戸籍(改製原戸籍・除籍)ほど、この可能性が高くなります。そして相続で必要なのは、まさにその古い戸籍です。
4. 一部事項証明書・個人事項証明書は取れない
戸籍証明書には、いくつか種類があります。
| 種類 | 内容 | 広域交付 |
|---|---|---|
| 全部事項証明書(戸籍謄本) | その戸籍に載っている全員分 | 取れる |
| 個人事項証明書(戸籍抄本) | 特定の1人分だけ | 取れない |
| 一部事項証明書 | 必要な事項だけを抜粋 | 取れない |
相続手続きでは全部事項証明書(謄本)を求められるのが普通なので、実務上の影響は限定的です。ただ、「抄本でいい」と言われた手続きでも、広域交付では謄本しか出ないことは知っておいてください。

手続き別・必要書類マトリクス

ここからは、どの手続きに何が必要かを一覧にします。
○は必要、△はケースによる、-は不要です。
| 書類 | 相続登記 | 預貯金の解約 | 相続税申告 | 生命保険 | 自動車の名義変更 | 年金の手続き |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 被相続人の出生から死亡までの戸籍 | ○ | ○ | ○ | △ | ○ | △ |
| 被相続人の住民票の除票 | ○ | △ | ○ | △ | ○ | ○ |
| 相続人全員の戸籍謄本 | ○ | ○ | ○ | △ | ○ | △ |
| 相続人の印鑑証明書 | △ | ○ | ○ | △ | ○ | - |
| 相続人の住民票 | ○ | △ | △ | △ | ○ | △ |
| 遺産分割協議書 | △ | △ | △ | - | △ | - |
| 遺言書(ある場合) | △ | △ | △ | △ | △ | - |
| 固定資産評価証明書 | ○ | - | ○ | - | - | - |
| 残高証明書 | - | △ | ○ | - | - | - |
| 死亡診断書のコピー | - | △ | △ | ○ | - | ○ |
見てのとおり、左の3列(第1層・第2層)はほぼ全部に○が並びます。
だからこそ、この共通部分を最初にまとめて片づけるのが正しい順番になります。
提出先ごとの注意点
相続登記(法務局)
- 遺産分割協議で決めた場合は、協議書と全員の印鑑証明書が必要
- 法定相続分どおりに登記する場合は、印鑑証明書は不要
- 固定資産評価証明書は、登録免許税の計算に使う(毎年4月に更新される)
- 詳しくは相続登記の義務化と10万円以下の過料にまとめています
預貯金(銀行)
- 銀行ごとに所定の用紙がある。書式は統一されていない
- 相続人全員の署名・実印を求められることが多い
- 印鑑証明書は発行後3〜6か月以内を要求する銀行が多い
相続税申告(税務署)
- 相続開始を知った日の翌日から10か月以内
- 戸籍は「相続開始の日から10日を経過した日以後に作成されたもの」が必要
- マイナンバー確認書類(相続人全員分)も要る
- 申告が必要かどうかは相続税申告は自分でできる?で判断できます
生命保険
- 受取人が指定されていれば、遺産分割協議書は不要
- 死亡保険金は受取人固有の財産なので、相続放棄をしても受け取れる
- 必要なのは死亡診断書のコピー・受取人の本人確認書類・保険証券が中心
遡る範囲が広いほど手間は増えます。代行費用の見積もりと比べてみてください。
戸籍はどこまで遡るのか

相続手続きでいちばん時間を食うのが、「被相続人の出生から死亡までの連続した戸籍」です。
これは1通では終わりません。なぜなら、戸籍は次のような場面で新しく作り直されるからです。
| 戸籍が変わる場面 | 何が起きるか |
|---|---|
| 婚姻 | 親の戸籍から抜けて、夫婦の新しい戸籍ができる |
| 転籍 | 本籍を移すと、移転先で新しい戸籍ができる |
| 分籍 | 成人が親の戸籍から独立する |
| 法改正による改製 | 昭和32年・平成6年の改製で戸籍が作り直された |
| 戸籍内の全員が除籍 | 除籍簿に移る |
つまり、亡くなった方の戸籍を1通取っても、そこには「その戸籍が作られてから死亡まで」しか載っていません。
そこから前の戸籍へ、前の戸籍へと遡り、出生の記載があるところまでつないでいきます。
実際には何通くらいになるか
一般的な目安は次のとおりです。
| ケース | 戸籍の通数の目安 |
|---|---|
| 生涯ずっと同じ本籍地、結婚1回 | 3〜5通 |
| 転籍が2〜3回ある | 5〜8通 |
| 兄弟姉妹が相続人(両親の分も必要) | 10〜20通 |
| 相続人が多数・代襲相続あり | 20通以上 |
手数料はいくらかかるか

戸籍の交付手数料は、地方公共団体の手数料の標準に関する政令で定められています。ほとんどの市区町村がこの額をそのまま採用しています。
| 証明書 | 手数料(1通) |
|---|---|
| 戸籍謄本・戸籍証明書 | 450円 |
| 除籍謄本・改製原戸籍・除籍証明書 | 750円 |
| 戸籍の記載事項証明書 | 350円 |
| 住民票の除票 | 300円程度(市区町村により異なる) |
| 印鑑証明書 | 300円程度(同上) |
これを踏まえた費用の目安です。
| ケース | 戸籍代の目安 |
|---|---|
| 子が相続、戸籍5通(うち除籍3通) | 約3,150円 |
| 転籍あり、戸籍8通(うち除籍5通) | 約5,100円 |
| 兄弟姉妹が相続、戸籍15通(うち除籍10通) | 約9,750円 |
郵送請求なら、これに定額小為替の発行手数料(1枚200円)と往復の郵便代が加わります。定額小為替は額面より発行手数料のほうが高くつくこともあるので、広域交付が使えるなら窓口のほうが確実に安く済みます。
法定相続情報一覧図|無料で、何通でも

戸籍を集め終わったら、次に必ずやってほしいことがあります。
法定相続情報一覧図の申出です。平成29年5月に創設された制度で、法務局が「この人の相続人はこの人たちで間違いない」と認証した1枚の紙を発行してくれます。
そして、この写しの交付は無料です。しかも必要な通数を、何通でももらえます。
何が変わるのか
| 一覧図がない場合 | 一覧図がある場合 | |
|---|---|---|
| 銀行A | 戸籍の束を提出→返却待ち | 一覧図1枚 |
| 銀行B | Aから返ってくるまで待つ | 一覧図1枚(同時進行) |
| 法務局 | 束を提出 | 一覧図1枚 |
| 税務署 | 束を提出 | 一覧図1枚 |
| 証券会社 | 束を提出 | 一覧図1枚 |
戸籍の束は1組しかありません。原本還付を使っても、返ってくるまで次の窓口に出せないのです。手続きが5か所あれば、直列に並べて何か月もかかります。
一覧図があれば、全部を同時に走らせられます。これが最大の効果です。
申出の手順

- 必要書類を集める — 被相続人の出生から死亡までの戸籍、住民票の除票、相続人全員の戸籍、申出人の本人確認書類
- 一覧図を自分で作る — 法務局のサイトにExcel・Wordの様式と記載例がある。手書きでも可
- 申出書を書く — 様式も法務局サイトにある
- 登記所に提出する — 被相続人の本籍地・最後の住所地・申出人の住所地・被相続人名義の不動産の所在地のいずれかを管轄する登記所。郵送も可
- 写しを受け取る — 認証文付きの写しが無料で交付される。戸籍の原本も返却される
作成するのは自分ですが、内容のチェックは登記官がしてくれます。間違っていれば補正の連絡が来るだけなので、恐れずに出して構いません。
なお2024年からは「法定相続情報番号」が使えるようになり、相続登記の申請では一覧図の写しの代わりに番号を書くだけでよくなりました。
死亡診断書のコピーは何通必要か

見落とされがちなのが、死亡診断書(死体検案書)です。
死亡診断書は死亡届と一体の用紙になっていて、役所に提出すると原本は戻ってきません。
そして後から、いろいろな場面でコピーを求められます。
| 場面 | 用途 |
|---|---|
| 生命保険の請求 | 保険会社ごとに1通 |
| 簡易保険(かんぽ) | 1通 |
| 遺族年金の請求 | 1通 |
| 団体信用生命保険 | 1通 |
| 勤務先の弔慰金・遺族給付 | 1通 |
| 損害保険(傷害特約など) | 1通 |
必ず、役所に出す前にコピーを取ってください。目安は5〜10部です。
コピーを取り忘れた場合、「死亡届の記載事項証明書」を役所や法務局で取得することになりますが、請求できる人が限られ、手数料もかかります。
書類の有効期限に注意

書類には「古すぎると受け付けてもらえない」ものがあります。
| 書類 | 期限の考え方 |
|---|---|
| 戸籍謄本(被相続人) | 死亡の記載があればいつのものでもよい |
| 戸籍謄本(相続人) | 相続開始後に取得したものが必要 |
| 印鑑証明書 | 法務局は期限なし。銀行は3〜6か月以内を求めることが多い |
| 住民票 | 3か月以内を求められることが多い |
| 固定資産評価証明書 | 登記する年度のもの(4月1日切替) |
| 残高証明書 | 死亡日時点のものを取得する |
いちばん事故が多いのが固定資産評価証明書です。
登録免許税は登記を申請する年度の評価額で計算します。3月に取った証明書で4月に申請すると、「年度が違う」として補正になります。
書類の種類が増えるなら、まとめて任せるほうが結果的に安く済むことがあります。
遺言書があるかないかで、書類はこう変わる

遺言書の有無は、必要書類の量を大きく左右します。
| 遺言書がある | 遺言書がない | |
|---|---|---|
| 相続人全員の合意 | 不要 | 必須 |
| 遺産分割協議書 | 不要(遺言のとおり) | 必要 |
| 相続人全員の印鑑証明書 | 不要(受け取る人の分だけ) | 全員分が必要 |
| 相続人全員の戸籍 | 簡略化されることがある | 全員分が必要 |
| 事前の手続き | 検認または遺言書情報証明書 | なし |
遺言書があると、集める書類は目に見えて減ります。相続人全員の実印を集めて回る必要がないからです。
自筆証書遺言は、そのまま使えない
ただし、自筆で書かれた遺言書は、封を開ける前に家庭裁判所の「検認」が必要です(民法1004条)。
- 勝手に開封すると5万円以下の過料(民法1005条)。ただし遺言自体が無効になるわけではありません
- 検認の申立てには遺言者の出生から死亡までの戸籍と、相続人全員の戸籍が要る
- 申立てから検認期日まで1〜2か月かかる
つまり、検認のために結局フルセットの戸籍が必要になります。「遺言があるから戸籍は要らない」とはならない点に注意してください。
法務局に預けていた場合は検認が不要
2020年7月から始まった自筆証書遺言書保管制度を使っていた場合は、検認が不要です。相続人は法務局で「遺言書情報証明書」の交付を受け、それを各窓口に出します。
公正証書遺言も検認は不要です。公証役場で作成された時点で原本が保管されているためです。全国の公証役場で「遺言検索システム」により有無を照会できます(相続人であることを示す戸籍と身分証が必要)。
相続人が海外にいる・連絡が取れないとき

書類集めが一気に難しくなるのが、この2つのケースです。
海外在住の相続人がいる
海外に住んでいる相続人には、印鑑証明書も住民票もありません。日本の住民登録が抜けているためです。
代わりに、次のもので置き換えます。
| 日本での書類 | 海外在住者の代替 | 発行先 |
|---|---|---|
| 印鑑証明書 | サイン証明(署名証明) | 在外公館(日本大使館・領事館) |
| 住民票 | 在留証明 | 在外公館 |
サイン証明は、遺産分割協議書を持参して、領事の面前で署名する形式が確実です(形式1)。署名だけを単独で証明する形式2もありますが、金融機関や法務局が形式1を求めることが多いため、事前に提出先へ確認してください。
在外公館は予約制のところが多く、住んでいる都市から遠いこともあります。往復の郵送も含めて、1〜2か月は見ておく必要があります。
連絡が取れない相続人がいる
住所が分からない場合は、戸籍の附票をたどります。附票にはその戸籍にいる間の住所の変遷が記録されているので、現住所にたどり着けることがほとんどです。
それでも所在が分からない、または生死不明が7年以上続いている場合は、次のいずれかを家庭裁判所に申し立てます。
| 制度 | 使う場面 | 効果 |
|---|---|---|
| 不在者財産管理人 | 生きているが所在不明 | 管理人が協議に参加する |
| 失踪宣告 | 生死不明が7年以上 | 死亡したものとみなす |
どちらも数か月〜1年単位の時間がかかります。相続税の申告期限(10か月)に間に合わないことも多いため、早い段階で気づくことが決定的に重要です。
書類が揃うまで、お金が下ろせないとき
書類集めには1〜2か月かかります。その間、葬儀費用や当面の生活費を、故人の口座から出せないという問題が起きます。
金融機関は、死亡を知った時点で口座を凍結するからです。
そこで使えるのが、2019年7月から始まった預貯金の仮払い制度(民法909条の2)です。
家庭裁判所を通さずに引き出せる
遺産分割協議が終わっていなくても、各相続人が単独で払い戻しを受けられます。
計算式はこうです。
相続開始時の預貯金債権の額 × 3分の1 × その相続人の法定相続分
ただし、同一の金融機関からは150万円が上限です(法務省令)。
計算例を示します。
| 状況 | 計算 | 引き出せる額 |
|---|---|---|
| 預金600万円・相続人は子2人 | 600万×1/3×1/2 | 100万円 |
| 預金1,200万円・相続人は子2人 | 1,200万×1/3×1/2=200万円 | 150万円(上限) |
| 預金900万円・配偶者と子1人 | 900万×1/3×1/2 | 150万円(上限) |
| 預金300万円・相続人は子1人 | 300万×1/3×1 | 100万円 |
上限は「1つの金融機関ごと」なので、複数の銀行に口座があれば、それぞれで請求できます。
必要な書類
- 被相続人の出生から死亡までの戸籍
- 相続人全員の戸籍謄本
- 払い戻しを受ける人の印鑑証明書
- 銀行所定の申請書
つまり、この記事で説明してきた第1層・第2層がそのまま使えます。
注意点がひとつあります。 仮払いを受けると、相続財産を処分したとみなされ、相続放棄ができなくなる可能性があります(民法921条1号)。借金がありそうなら、仮払いは使わないでください。
判断に迷う場合はいらない実家は相続放棄できる?も併せて確認してください。
広域交付が使えないときの郵送請求
兄弟姉妹の相続、古い戸籍、本人が窓口に行けない——広域交付が使えない場面では、従来どおり本籍地に郵送請求します。
手順は次のとおりです。
| 準備するもの | 内容 |
|---|---|
| 請求書 | 市区町村のサイトからダウンロードして印刷 |
| 本人確認書類のコピー | 運転免許証、マイナンバーカードなど |
| 定額小為替 | 郵便局で購入。金額は市区町村のサイトで確認 |
| 返信用封筒 | 切手を貼り、自分の住所を書く |
| 関係を示す戸籍のコピー | 直系であることを示す(自分の戸籍など) |
郵送請求のコツ
- 請求書の「使いみち」欄に「相続手続きのため」と書く
- 「出生から死亡まで、そちらにある分をすべて」と明記する
- 定額小為替は多めに入れる。余った分は返してもらえる
- 戸籍の枚数が読めないので、金額は請求書の備考欄で「不足分は追納します」と添える
往復で1〜2週間が目安です。年度末(3月)は窓口が混み、2〜3週間かかることもあります。
コンビニ交付は相続に使えるか
マイナンバーカードがあれば、コンビニのマルチコピー機で証明書を取得できます。手数料も窓口より安く設定している自治体が多く、土日も使えます。
ただし、相続で使えるかどうかは書類によって違います。
| 証明書 | コンビニ交付 | 相続での使い勝手 |
|---|---|---|
| 印鑑証明書 | 取れる | 問題なく使える |
| 住民票 | 取れる | 使える(本籍・続柄の記載を選ぶこと) |
| 戸籍謄本(本籍地の自治体) | 取れる | 使える |
| 戸籍謄本(本籍地以外) | 事前登録が必要 | 登録に数日かかる |
| 除籍・改製原戸籍 | 取れない | 窓口か郵送しかない |
相続で必要になるのは除籍・改製原戸籍が中心なので、コンビニ交付だけで完結することはまずありません。
一方、印鑑証明書と住民票は、コンビニで足りることがほとんどです。「戸籍は窓口、印鑑証明はコンビニ」と役割を分けると効率的です。
なお、住民票を取るときは「本籍・筆頭者の記載あり」を選んでください。相続手続きでは本籍の記載を求められることが多く、記載なしで取ると取り直しになります。
最短ルートでも時間が取れないなら、代行の見積もりを取ってください。
集める順番|最短ルート

ここまでを踏まえた最短の順番です。
ステップ1|死亡診断書をコピーする(当日)
役所に提出する前に、5〜10部。これだけは後戻りできません。
ステップ2|死亡届を出す(7日以内)
同時に火葬許可申請も行います。葬儀社が代行してくれることが多い部分です。
ステップ3|広域交付が使えるか判定する(1週間以内)
- 相続人が子・孫・配偶者・親なら → 使える
- 相続人に兄弟姉妹・甥姪が含まれる → 本籍地への請求も併用
- 請求に行く人が窓口に行けない → 郵送請求
ステップ4|戸籍をまとめて取る(2〜4週間)
広域交付なら窓口で1回。足りない分だけ本籍地に郵送請求します。
このとき、「相続手続きに使うので、出生から死亡まで連続で必要です」と窓口で伝えてください。担当者が遡って探してくれます。自分で判断するより確実です。
ステップ5|法定相続情報一覧図を申し出る(1〜2週間)
戸籍が揃ったらすぐに。ここで手続きが並列化します。
ステップ6|各窓口に同時に出す
一覧図の写しを使って、銀行・法務局・税務署・保険会社に同時に着手します。
ステップ7|第3層を足す
遺産分割協議書、印鑑証明書、評価証明書など、提出先ごとに必要なものだけを追加します。

よくある失敗5つ

1|「最新の戸籍だけ」を取ってしまう
窓口で「戸籍謄本をください」と言うと、現在の戸籍1通しか出てきません。相続では出生まで遡った連続分が必要です。必ず「相続で使う」と伝えてください。
2|広域交付で全部揃うと思い込む
兄弟姉妹の相続、コンピュータ化前の古い戸籍。この2つは広域交付の外です。行く前に、自分の相続がどのパターンかを確認しておきましょう。
3|印鑑証明書を早く取りすぎる
銀行の手続きが長引くと、3か月の期限を過ぎて取り直しになります。必要な直前に、必要な枚数だけ。
4|死亡診断書のコピーを忘れる
最も取り返しがつきにくい失敗です。原本は返ってきません。
5|遺産分割協議書に押した印と印鑑証明書が違う
実印を押していない、印影が擦れているというのはよくあります。印鑑証明書と見比べてから提出してください。
専門家に頼むといくらか
自分で集める時間がない場合の相場も示しておきます。
| 依頼内容 | 相場 | 依頼先 |
|---|---|---|
| 戸籍収集のみ | 2万〜5万円 | 司法書士・行政書士 |
| 戸籍収集+法定相続情報一覧図 | 3万〜7万円 | 司法書士 |
| 戸籍収集+相続登記 | 7万〜15万円 | 司法書士 |
| 遺産整理業務(全部おまかせ) | 財産額の1〜2%(最低30万円程度) | 信託銀行・司法書士法人 |
判断の目安は次のとおりです。
- 相続人が子と配偶者だけで、本籍の移動も少ない → 自分でできます
- 相続人に兄弟姉妹・甥姪がいる → 専門家に頼む価値が高い
- 相続人の中に連絡が取れない人・海外在住者がいる → 専門家推奨
- 相続税の申告が必要 → 税理士に頼むなら、戸籍もセットで頼めることが多い(相続税の税理士費用相場)
まとめ

書類の構造
- 第1層(亡くなった人)・第2層(相続人)はどの手続きでも共通
- 変わるのは第3層(財産と分け方)だけ
広域交付でできること
- 本籍地以外の市区町村で請求できる
- 全国の本籍地の分を1か所でまとめて請求できる
広域交付でできないこと
- 兄弟姉妹の戸籍は取れない(直系のみ)
- 郵送・代理人による請求は不可
- コンピュータ化されていない一部の戸籍は対象外
- 一部事項証明書・個人事項証明書は取れない
費用
- 戸籍謄本450円/除籍・改製原戸籍750円
- 一般的なケースで3,000〜10,000円
- 法定相続情報一覧図の写しは無料、何通でも
順番
- 死亡診断書を5〜10部コピー
- 広域交付が使えるか判定
- 戸籍をまとめて取る
- 法定相続情報一覧図を申し出る
- 各窓口に同時着手
書類集めは、相続手続きの中で最も地味で、最も時間がかかり、そして最も差がつく部分です。
順番を間違えなければ、本来2〜3か月かかるところが1か月で終わります。逆に、行き当たりばったりで始めると、同じ役所に3回行くことになります。
手続き全体の期限と流れは親が死んだらやること順番に、実家の処分まで含めた全体像は実家じまいの進め方にまとめています。
書類集めが進まないとき
広域交付で楽になった部分と、いまも取れないものがあります。兄弟姉妹の戸籍や非コンピュータ化戸籍でつまずいたら、代行を検討してください。
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この記事について
執筆:葉山 湊(はやま みなと)
自身の家族の実家じまいを経験し、そのときに「どこにも書かれていなかったこと」を出発点にこのサイトを立ち上げました。司法書士・税理士などの資格は保有していません。制度や法令については、必ず一次情報(法務省・国税庁・国土交通省・各自治体)にあたって記事に反映しています。
本記事の主な出典は次のとおりです。
・戸籍の広域交付:法務省「戸籍法の一部を改正する法律について(令和6年3月1日施行)」
・法定相続情報証明制度:法務局「法定相続情報証明制度について」
・戸籍等の交付手数料:地方公共団体の手数料の標準に関する政令 別表
制度は改正されます。本記事の内容は2026年9月4日時点の公表情報にもとづきます。 実際の判断は、市区町村の戸籍窓口や法務局、司法書士にご確認ください。

