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親の家を相続することになったけれど、誰も住まないし、売れる見込みもない。
そんなとき、真っ先に思い浮かぶのが「相続放棄」です。要らないものを受け取らずに済むなら、それがいちばん簡単に見えます。
ところが、実際に調べ始めると話が急に複雑になります。「放棄しても管理義務が残る」「固定資産税を払い続けることになる」「次順位の相続人に迷惑がかかる」——ネット上には不安を煽る情報が並んでいて、何が本当なのか分かりません。
この記事では、民法の条文と法務省の統計にもとづいて、実際に何が起きるのかを整理します。
そして、2023年に始まった相続土地国庫帰属制度について、実際どれくらい通っているのかという数字まで示します。宣伝ではなく、通った件数と落ちた理由を見てから判断してください。

結論|相続放棄は「全部か、ゼロか」

最初に、いちばん大事な点を押さえます。
民法939条は、こう定めています。
相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす。
「初めから相続人ではなかった」——つまり、要らない実家だけを外して、預金や株は受け取る、ということはできません。
| 相続財産 | 相続放棄をすると |
|---|---|
| 田舎の実家(要らない) | 放棄できる |
| 都心のマンション | 受け取れない |
| 預貯金 2,000万円 | 受け取れない |
| 株式・投資信託 | 受け取れない |
| 借金 500万円 | 引き継がない |
| 未払いの医療費・税金 | 引き継がない |
これが相続放棄の本質です。「いらない実家がある」という理由だけで放棄を選ぶと、本来もらえたはずの財産まで失います。
例外的に受け取れるもの
ただし、相続放棄をしても受け取れるものがあります。相続財産ではなく、受取人固有の財産とされているためです。
| もらえるもの | 理由 |
|---|---|
| 死亡保険金 | 受取人が指定されていれば、その人固有の財産 |
| 死亡退職金 | 会社の規程で受取人が定められている場合 |
| 遺族年金 | 遺族固有の権利 |
| 未支給年金 | 生計を同じくしていた遺族の固有の権利 |
「保険金は入るので、放棄しても生活は困らない」というケースは実際にあります。判断材料に加えてください。
なお、これらを受け取っても放棄が無効になることはありません。ただし死亡保険金には相続税がかかり、放棄した人は「500万円×法定相続人の数」の非課税枠を使えません。ここは注意が必要です。
3か月の期限|いつまでに決めるのか

民法915条1項は、熟慮期間をこう定めています。
相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。
ポイントは「死亡した日」ではなく「知った時」から数える点です。
| 状況 | 起算点 |
|---|---|
| 同居していた親が亡くなった | その日 |
| 疎遠で、死亡を後から知った | 知らせを受けた日 |
| 先順位の相続人が放棄した | 自分が相続人になったと知った日 |
| 借金の督促状が届いて初めて知った | 督促状が届いた日(争いになりやすい) |
表にない場面も2つあります。相続人が承認も放棄もしないまま亡くなった場合(再転相続)は、その人の相続人が知った時から数えます(民法916条)。相続人が未成年者や成年被後見人なら、法定代理人が知った時からです(民法917条)。
3か月では足りないとき
財産の全体像がつかめず、3か月では判断できないこともあります。
その場合は、家庭裁判所に「熟慮期間の伸長」を申し立てられます(民法915条1項ただし書)。
- 申立先は被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所
- 費用は収入印紙800円+連絡用の郵便切手
- 3か月が経過する前に申し立てる必要がある
- 認められる期間は3か月程度が一般的で、再度の伸長も可能
「間に合わないかもしれない」と思った時点で申し立てるのが正解です。期限が過ぎてからでは、原則として受け付けてもらえません。
3か月を過ぎても認められる3つの条件
昭和59年の最高裁判決のあと、家庭裁判所の実務で定着している条件は次の3つです。3つとも満たせば、財産の存在を知った日(督促状が届いた日など)から3か月が新しい期限になりえます。
- 放棄しなかったのは、財産が全くないと信じたからであること
- 財産の有無を調べることが著しく困難な事情があったこと(何十年も音信不通だった、など)
- そう信じたことに相当な理由があること(「家も貯金もないと聞かされていた」「生活保護を受けていた」など)
反対に、次の場合は認められにくくなります。
- 親と同居していて、生活の状況を知っていた
- 借金があることは知っていて、金額を知らなかっただけ
- 遺産分割協議に参加していた
- 実家の家財を処分していた
期限を過ぎてから申し立てるときは、申述書に上申書を添えて、なぜ知らなかったのか、いつ知ったのか、なぜ財産がないと信じたのかを時系列で書きます。認められるかどうかはここで決まるので、弁護士か司法書士に見てもらう価値があります。
放棄は撤回できない
いったん放棄が受理されると、期間内であっても撤回はできません(民法919条1項)。「放棄したあとで価値のある財産が見つかった」という理由では、やり直せません。
| 撤回 | 取消し | |
|---|---|---|
| 意味 | 気が変わったのでやめる | 詐欺・強迫・錯誤などを理由に効力をなくす |
| できるか | できない | できる |
| 期限 | — | 追認できる時から6か月、放棄の時から10年 |
だからこそ、放棄する前に財産を調べ切ってください。調べ方は、このあとの「放棄を判断する前の財産調査」で説明します。
やってはいけないこと|法定単純承認

放棄する前にやってしまうと、放棄できなくなる行為があります。
民法921条の法定単純承認です。
一 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第602条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。
つまり、財産に手をつけると「相続を承認した」とみなされます。
| やってはいけないこと | 理由 |
|---|---|
| 実家を売る・解体する | 典型的な処分行為 |
| 預金を引き出して使う | 処分行為 |
| 故人の車や貴金属を売る | 処分行為 |
| 借金を故人の預金で返す | 処分行為 |
| 賃貸物件の家賃を受け取る | 果実の収取 |
| 遺産分割協議に参加する | 相続人としての行為 |
| 形見分けで高価品を持ち帰る | 処分にあたることがある |
一方、やっても問題ないとされている行為もあります。
| やってよいこと | 理由 |
|---|---|
| 自分のお金で葬儀費用を払う | 相続財産の処分ではない |
| 社会通念上相当な範囲の葬儀費用を相続財産から出す | 判例上、処分にあたらないとされる |
| 遺品のうち経済的価値のないものを整理する | 保存行為の範囲 |
| 空き家の応急的な修繕 | 保存行為 |
| 賃料や税金の督促に「放棄予定」と伝える | 何も処分していない |
葬儀費用を相続財産から出した場合に単純承認とみなされるかは葬儀費用は誰が払う?で、安全な支出元の順番とあわせて整理しています。
形見分けの時期と、税金がかかる線引きは、形見分けの時期とマナーで詳しく説明しています。
2023年に変わった「放棄後の管理義務」

ネット上でいちばん誤解が多いのが、「相続放棄をしても管理義務が残る」という話です。
これは2023年3月31日までの話です。2023年4月1日に民法940条が改正され、範囲が明確に狭まりました。
改正前と改正後
| 改正前(〜2023年3月) | 改正後(2023年4月〜) | |
|---|---|---|
| 条文 | 「管理を継続しなければならない」 | 「その財産を保存しなければならない」 |
| 対象者 | 放棄した相続人(範囲があいまい) | 放棄の時に現に占有している者だけ |
| 実務での帰結 | 遠方に住む人にも義務があるように読めた | 住んでいない・占有していないなら義務なし |
改正後の条文はこうです。
相続の放棄をした者は、その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは、相続人又は相続財産の清算人に対して当該財産を引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存しなければならない。
つまり、「現に占有している」かどうかが分かれ目になりました。
自分に義務があるか
| 状況 | 保存義務 |
|---|---|
| 実家に同居していた | ある |
| 実家の鍵を持ち、出入りしていた | ある可能性が高い |
| 遠方に住み、何年も行っていない | ない |
| 実家の存在自体を知らなかった | ない |
多くの人が心配している「遠方の実家」については、放棄すれば義務は生じません。
ただし、義務がある場合の中身も確認しておきましょう。
- 求められるのは「保存」(現状維持)であって、「管理」(価値の維持・活用)ではない
- 基準は「自己の財産におけるのと同一の注意」。自分の家と同じくらいに気をつければよい
- 相続人または相続財産清算人に引き渡せば終わり
「現に占有している」の線引き
占有とは、その家が自分の支配下にある状態をいいます。判断の軸は住所ではなく、支配しているかどうかです。実家の近くに住んでいても、鍵を持たず出入りもしていなければ、占有しているとはいえません。
| 占有にあたる例 | 占有にあたらない例 |
|---|---|
| 放棄したあともその家に住んでいる | 遠方に住み、何年も立ち入っていない |
| 鍵を預かっていて、自由に出入りできる | 鍵を持っていない |
| 自分の荷物や家財を置いている | 葬儀のときに一度立ち寄っただけ |
| 賃貸に出していて、家賃を受け取っていた | 固定資産税の通知が届いていただけ |
放棄を考えているなら、家財を持ち出したり、鍵を預かったりしないことです。動かすほど、あとで説明が難しくなります。
義務が終わるのは、引き渡したとき
保存義務は、次のいずれかに引き渡した時点で終わります。
- 次順位の相続人(自分が放棄したことで相続人になった人)
- 相続財産清算人(相続人が全員放棄した場合に家庭裁判所が選ぶ)
- 国(清算人の手続きを経て、最終的に国庫へ帰属する)
いちばん多いのは1つ目です。全員が放棄して引き渡す相手がいないときの扱いは、次の章で説明します。
住み続けるなら、土地工作物責任も残る
保存義務とは別に、民法717条の土地工作物責任があります。建物の設置や保存に不備があって他人に損害を与えたとき、まず占有者が責任を負う仕組みです。
放棄して占有もしていなければ、原則として対象から外れます。一方、放棄後もその家に住み続けている人は、占有者として責任を問われえます。瓦が飛んで隣家の車を傷つけた、ブロック塀が倒れて通行人がけがをした、という場面です。住み続けるなら、放棄していても火災保険と賠償責任の備えは必要です。
市区町村から連絡が来たとき
空家対策特別措置法にもとづく指導や勧告の相手は「所有者等」です。放棄して占有もしていない人は、これにあたりません。ただし登記が亡くなった方の名義のままだと、市区町村は相続人をたどって連絡してきます。
放棄したことを伝えれば、そこで連絡は止まります。家庭裁判所の「相続放棄申述受理証明書」(1通150円)を1通取っておくと、市区町村や債権者から連絡が来るたびに示せます。
全員が放棄したら、その家はどうなるか

ここが、相続放棄のいちばん見落とされている出口です。
相続人が全員放棄すると、相続人が誰もいない状態になります。この場合、家庭裁判所が相続財産清算人を選任します(民法952条)。
清算人が財産を換価し、債権者に配当し、残った財産は最終的に国庫に帰属します。
誰かが申し立てなければ、何も起きない
重要なのは、清算人は自動的には選任されないという点です。利害関係人または検察官の請求が必要です(民法952条1項)。
つまり、全員が放棄して誰も申し立てなければ、その家は「所有者がいないまま」放置されます。
| 結果 | 内容 |
|---|---|
| 登記名義 | 亡くなった人のまま |
| 固定資産税 | 課税されない(納税義務者がいない) |
| 建物の劣化 | 誰も手を入れないまま進む |
| 近隣への迷惑 | 自治体が対応に苦慮する |
これが、全国の空き家問題の一因になっています。
予納金という壁
自分で清算人の選任を申し立てる場合、予納金が必要になります。
| 項目 | 目安 |
|---|---|
| 申立費用(収入印紙) | 800円 |
| 官報公告費用 | 5,000円前後 |
| 予納金 | 20万〜100万円程度(家庭裁判所が事案ごとに判断) |
予納金は清算人の報酬や事務費に充てられるお金です。財産を換価して費用がまかなえれば返還されますが、売れない不動産しかない場合、戻ってこないことが多いのが実情です。

清算人の選任を申し立てられる「利害関係人」には、放棄した相続人のほか、債権者や、迷惑を受けている隣家の所有者も含まれます。
清算人が選ばれるまでは、実家の家財にも誰も手をつけられません。家財の処分は相続財産の処分にあたるからです。遠方の実家が何年も手つかずで残るのは、この仕組みのためです。放棄せずに相続するなら、自分で片付けて売ることができます。家財の処分費用は、間取りと物量しだいで20万〜80万円程度です。売却代金がこれを上回るなら、放棄しないほうが手元に残ります。
相続放棄の手続きと費用

手続き自体は、想像よりずっと簡単で安いです。
提出先と費用
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 提出先 | 被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所 |
| 申述人1人あたりの収入印紙 | 800円 |
| 連絡用の郵便切手 | 数百円(裁判所により異なる) |
| 必要書類 | 申述書、被相続人の住民票の除票または戸籍の附票、申述人の戸籍謄本、被相続人の死亡の記載がある戸籍 |
司法書士に依頼すると3万〜5万円、弁護士なら5万〜10万円が相場です。ただし、単純なケースなら自分でできます。
戸籍の集め方は相続手続きの必要書類と集め方にまとめています。
手続きの流れ
- 必要書類を集める(1〜3週間)
- 申述書を作成して提出(家庭裁判所の窓口または郵送)
- 照会書が届く(1〜2週間後)— 「自分の意思で放棄するか」などを問う書面
- 照会書を返送
- 相続放棄申述受理通知書が届く(提出から1〜2か月)
通知書は再発行されません。大切に保管してください。債権者や市町村に示す必要がある場面では、「相続放棄申述受理証明書」(1通150円)を別途取得します。
順位が下に移ることを忘れない
自分が放棄すると、次の順位の人が相続人になります。
| 自分 | 放棄すると相続人になる人 |
|---|---|
| 子 | 直系尊属(親・祖父母) |
| 直系尊属 | 兄弟姉妹 |
| 兄弟姉妹 | なし(相続人不存在) |
放棄したことを次順位の人に知らせる法的な義務はありません。しかし、知らないまま3か月が過ぎると、その人は自動的に相続してしまいます。
必ず連絡してください。これは制度の問題ではなく、人間関係の問題です。
必要書類は「自分が何順位か」で変わる
相続放棄の必要書類は、自分が第何順位の相続人かによって大きく違います。ここを知らずに動くと、家庭裁判所から追加提出を求められて時間を失います。
| 申述人 | 必要な戸籍 | 通数の目安 |
|---|---|---|
| 配偶者・子(第1順位) | 被相続人の死亡の記載がある戸籍/申述人の戸籍 | 2〜3通 |
| 孫(代襲相続) | 上記+親(被代襲者)の死亡の記載がある戸籍 | 3〜5通 |
| 父母・祖父母(第2順位) | 被相続人の出生から死亡までのすべての戸籍/申述人の戸籍 | 5〜8通 |
| 兄弟姉妹(第3順位) | 上記+被相続人の子(いれば)の出生から死亡までの戸籍/父母双方の死亡の記載がある戸籍 | 8〜15通 |
| 甥・姪(代襲相続) | 上記+兄弟姉妹の死亡の記載がある戸籍 | 10〜20通 |
第2順位・第3順位になるほど、「他に相続人がいないこと」を証明する必要があるため、集める戸籍が一気に増えます。
そして、戸籍を集めているうちに3か月が過ぎてしまうというのが、実際によくある失敗です。
間に合わないと思ったら
戸籍が揃っていなくても、申述書だけ先に出すことはできます。
家庭裁判所は不足書類を後から追完させる運用をしているところが多く、「まず期限内に申述する」ことが優先です。
ただし裁判所ごとに扱いが違うので、必ず事前に電話で確認してください。「戸籍が揃っていないが、期限が迫っている」と伝えれば、対応を教えてもらえます。
同時に、熟慮期間の伸長も申し立てておくと安全です。
戸籍の集め方は相続手続きの必要書類と集め方にまとめています。広域交付は兄弟姉妹の戸籍に使えないので、第3順位の方はとくに注意してください。
財産調査の一部として、実家の査定も取っておいてください。
放棄を判断する前の財産調査
「借金があるかどうか分からない」——これが3か月を溶かす最大の原因です。
調べ方を具体的に示します。
借金を調べる3つの窓口
| 機関 | 扱う情報 | 費用・方法 |
|---|---|---|
| JICC(日本信用情報機構) | 消費者金融・カード会社 | 1,000〜1,300円。スマホまたは郵送 |
| CIC | クレジットカード・信販 | 500〜1,500円。ネットまたは郵送 |
| 全国銀行個人信用情報センター(KSC) | 銀行・信用金庫の借入れ、保証 | 1,000〜1,200円。郵送 |
相続人は、被相続人の情報を開示請求できます。必要なのは戸籍(相続関係が分かるもの)と本人確認書類です。
3つすべてに請求してください。1つだけでは漏れます。回答は1〜2週間で届きます。
信用情報に載らない借金もある
ここが落とし穴です。次のものは信用情報機関では分かりません。
- 個人間の借金(親族・知人から)
- 連帯保証債務(誰かの保証人になっている)
- 滞納した税金・社会保険料
- 未払いの医療費・施設利用料
- 事業上の買掛金
これらは、郵便物・通帳の入出金・確定申告書・契約書類から探すしかありません。
| 調べる場所 | 見つかるもの |
|---|---|
| 郵便物(3か月分) | 督促状、請求書、金融機関からの通知 |
| 通帳の引き落とし | 定期的な返済、保険料、リース料 |
| 確定申告書の控え | 事業債務、不動産所得の借入金 |
| 金庫・仏壇まわり | 契約書、借用書、保証書 |
| 携帯・パソコン | ネット銀行、ネット証券の存在 |
信用情報機関への開示請求の手順は、親の借金の調べ方で詳しく説明しています。
もう一つの出口|相続土地国庫帰属制度

2023年4月27日、相続土地国庫帰属制度が始まりました。
相続で取得した土地を、国に引き取ってもらえる制度です。相続放棄と違い、「この土地だけ」を手放せます。
相続放棄との決定的な違い
| 相続放棄 | 国庫帰属制度 | |
|---|---|---|
| 対象 | 相続財産の全部 | 特定の土地だけ |
| 他の財産 | 受け取れない | 受け取れる |
| 期限 | 3か月 | 期限なし |
| 昔の相続 | 原則使えない | 数十年前の相続でも使える |
| 建物 | 関係なく放棄できる | 建物があると申請できない |
| 費用 | 800円+切手 | 審査手数料14,000円+負担金 |
「預金は受け取りたいが、山林や田畑は要らない」というケースでは、国庫帰属制度のほうが適しています。
申請できる人
- 相続または相続人に対する遺贈で土地を取得した人
- 共有者も、全員が共同で申請すれば可能
- 制度開始(2023年4月27日)より前に相続した土地も対象
法務省は、「数十年前に相続した土地についても、本制度の対象となります」と明記しています。放置してきた土地でも間に合います。
山林の届出と、手放したいときの出口は山林を相続したときの手続きで扱っています。
引き取ってもらえない土地

ただし、どんな土地でも引き取ってくれるわけではありません。
法律は、申請すらできない土地(却下事由)と、審査で不承認になる土地を分けています。
そもそも申請できない土地
| 却下事由 | 具体例 |
|---|---|
| 建物がある土地 | 実家、物置、朽ちた小屋も含む |
| 担保権や用益物権が設定されている | 抵当権、地上権など |
| 他人による使用が予定されている | 現に通路になっている土地、墓地、境内地、水道用地・ため池 |
| 土壌汚染がある | 特定有害物質による汚染 |
| 境界が明らかでない | 隣地との境界に争いがある |
審査で不承認になる土地
| 不承認事由 | 具体例 |
|---|---|
| 一定の崖がある | 勾配30度以上かつ高さ5メートル以上で、管理に過分な費用がかかる |
| 地上に有体物がある | 放置車両、産業廃棄物、倒木 |
| 除去が必要な地下埋設物がある | 浄化槽、古い基礎、廃棄物 |
| 争訟が必要 | 隣地所有者ともめている |
| その他過分な費用・労力がかかる | 災害の危険、鳥獣被害、国の追加整備が必要な森林 |
「境界が明らかでない」が最も多い落とし穴です。田舎の土地は、境界標が失われていることが珍しくありません。
負担金を払う前に、売却でいくらになるかを確かめてください。
費用|審査手数料と負担金

費用は2段階です。
1. 審査手数料(申請時)
政令は、土地一筆当たり14,000円と定めています。
- 申請書に収入印紙を貼って納付
- 取り下げても、却下・不承認になっても返還されない
2. 負担金(承認後)
負担金は、国がその土地を10年間管理するのに必要な費用の相当額です。
原則は一筆20万円ですが、土地の種目と場所によっては面積に応じた計算になります。
| 土地の区分 | 負担金 |
|---|---|
| 宅地(原則) | 20万円 |
| 宅地のうち市街化区域・用途地域内 | 面積に応じた算定式 |
| 田・畑(原則) | 20万円 |
| 田・畑のうち市街化区域・農用地区域・土地改良事業の区域内 | 面積に応じた算定式 |
| 森林 | 常に面積に応じた算定式 |
| その他(雑種地・原野など) | 20万円 |
田舎の土地の多くは「原則20万円」に収まります。市街化区域は都市部の話だからです。
算定式の中身

面積算定になる場合の式は、政令の別表で定められています。主なものを挙げます。
市街化区域内の宅地
| 地積 | 負担金 |
|---|---|
| 50㎡以下 | 面積×4,070円+208,000円 |
| 50超〜100㎡ | 面積×2,720円+276,000円 |
| 100超〜200㎡ | 面積×2,450円+303,000円 |
| 200超〜400㎡ | 面積×2,250円+343,000円 |
| 400超〜800㎡ | 面積×2,110円+399,000円 |
| 800㎡超 | 面積×2,010円+479,000円 |
森林
| 地積 | 負担金 |
|---|---|
| 750㎡以下 | 面積×59円+210,000円 |
| 750超〜1,500㎡ | 面積×24円+237,000円 |
| 1,500超〜3,000㎡ | 面積×17円+248,000円 |
| 3,000超〜6,000㎡ | 面積×12円+263,000円 |
| 6,000超〜12,000㎡ | 面積×8円+287,000円 |
| 12,000㎡超 | 面積×6円+311,000円 |
1,000円未満は切り捨てです。
計算例を示します。
| ケース | 計算 | 負担金 |
|---|---|---|
| 市街化区域内の宅地 150㎡ | 150×2,450+303,000 | 67万1,000円 |
| 市街化区域外の宅地 200㎡ | 原則どおり | 20万円 |
| 森林 5,000㎡ | 5,000×12+263,000 | 32万3,000円 |
| 森林 30,000㎡ | 30,000×6+311,000 | 49万1,000円 |
| 田舎の原野 3,000㎡ | 原則どおり | 20万円 |
隣接する2筆をまとめる特例
隣り合った土地を複数持っている場合、同じ種目であれば「一つの土地とみなして」負担金を計算するよう申し出られます(政令6条)。
2筆を1筆分の負担金で国庫に帰属させられるため、該当するなら必ず使ってください。ただし種目が違う場合(宅地と森林など)は使えません。
実際、どれくらい通っているのか

制度の紹介記事は多いのですが、実績の数字まで書いているものは多くありません。
法務省が公表している統計(2026年7月31日現在)を見ます。
| 項目 | 件数 |
|---|---|
| 申請件数 | 5,863件 |
| 帰属件数(成立) | 3,008件 |
| 却下件数 | 85件 |
| 不承認件数 | 96件 |
| 取下げ件数 | 1,102件 |
地目別の内訳
| 申請(地目別) | 件数 | 帰属(種目別) | 件数 |
|---|---|---|---|
| 田・畑 | 2,278件 | 宅地 | 1,115件 |
| 宅地 | 2,040件 | 農用地 | 964件 |
| 山林 | 893件 | 森林 | 199件 |
| その他 | 652件 | その他 | 730件 |
注目すべきは、却下と不承認の少なさです。合計しても181件(申請の約3%)にすぎません。
「審査が厳しくてほとんど通らない」というイメージは、数字とは一致しません。
取下げの理由が面白い
取下げ1,102件の内訳が、この制度の実態をよく表しています。
| 取下げの理由 | 件数 |
|---|---|
| 有効活用の見込みが生じた | 571件 |
| 却下・不承認であることが判明した | 392件 |
| その他 | 139件 |
取下げの半数以上が「有効活用の見込みが生じた」です。
これは、申請の準備をする過程で買い手や借り手が見つかったケースを指します。境界を確定し、測量し、書類を整えると、その土地は「売れる土地」に変わるのです。
却下・不承認になった理由を見る

落ちた181件の理由が公表されています。自分の土地が引っかからないか、事前に確認できます。
却下(85件)の主な理由
| 理由 | 件数 |
|---|---|
| 添付書類の不足 | 37件 |
| 境界が明らかでない | 23件 |
| 現に通路の用に供されている | 22件 |
| 申請権限のない者の申請 | 10件 |
| 建物が存する土地 | 4件 |
不承認(96件)の主な理由
| 理由 | 件数 |
|---|---|
| 管理・処分を阻害する有体物が地上にある | 46件 |
| 国による追加の整備が必要な森林 | 37件 |
| 災害の危険を防止する措置が必要 | 11件 |
| 国が金銭債務を負担することになる | 10件 |
| 崖(勾配30度以上・高さ5m以上) | 7件 |
読み取れることは3つです。
- 却下の最多は「書類不足」。制度の問題ではなく、準備の問題です
- 「境界が明らかでない」と「通路になっている」で却下の半数以上。田舎の土地で起きやすい
- 不承認の最多は「地上の有体物」。放置車両、廃材、倒木を片づければ通る可能性がある
どれも事前に手を打てるものばかりです。法務局は申請前の相談を受け付けています(予約制)。いきなり申請せず、まず相談してください。
建物があると使えない

実家じまいで最大の壁が、これです。
建物が建っている土地は、国庫帰属制度の対象外です(法2条3項1号)。例外はありません。
つまり、実家を国に引き取ってもらいたいなら、先に解体する必要があります。
| 建物の状態 | 国庫帰属 |
|---|---|
| 住める状態の家がある | 不可 |
| 誰も住んでいない空き家 | 不可 |
| 半壊した小屋・物置 | 不可 |
| 更地(解体済み) | 可 |
解体費用は木造30坪で120万〜180万円が目安です。ここに国庫帰属の負担金20万円と審査手数料14,000円が乗ります。
| 項目 | 費用 |
|---|---|
| 解体費用(木造30坪) | 120万〜180万円 |
| 審査手数料 | 14,000円 |
| 負担金(原則) | 20万円 |
| 測量・境界確定(必要な場合) | 30万〜80万円 |
| 合計 | 170万〜280万円 |
これだけの費用をかけて手放すのか、それともその費用で買い手を探すのか。ここが判断の分かれ目です。
解体費用の詳細は実家の解体費用はいくら?にまとめています。
第3の道|限定承認は使えるのか

「借金があるかどうか分からない」というとき、単純承認と放棄の中間にあたる選択肢があります。限定承認です(民法922条)。
相続人は、相続によって得た財産の限度においてのみ被相続人の債務及び遺贈を弁済すべきことを留保して、相続の承認をすることができる。
つまり、プラスの財産の範囲でだけ借金を返し、足が出た分は引き継がないという仕組みです。財産が余れば受け取れます。
理屈のうえでは理想的に見えます。ところが、実際にはほとんど使われていません。
なぜ使われないのか
| 障壁 | 内容 |
|---|---|
| 全員でやる必要がある | 相続人が複数いるときは全員が共同でしなければならない(民法923条)。1人でも反対すれば不可 |
| 期限は同じ3か月 | 財産目録を作って家庭裁判所に提出する必要がある |
| 官報公告と清算手続き | 債権者への公告、換価、配当を自分で進める |
| みなし譲渡所得課税 | 被相続人が時価で譲渡したものとみなされ、準確定申告で所得税がかかることがある |
| 実務家が少ない | 扱った経験のある専門家が限られる |
とくにみなし譲渡所得課税は見落とされがちです。値上がりした不動産を限定承認で引き継ぐと、故人に譲渡所得税が発生し、その申告義務を相続人が負います。
使う価値があるのはどんな場面か
- 借金の額がまったく分からず、資産のほうが多い可能性も残っている
- 自宅など、どうしても手放したくない財産がある(先買権を使って買い取れる)
- 相続人が1人しかいない
「実家が要らない」という理由だけなら、限定承認を選ぶ理由はありません。手続きの重さに見合いません。
田舎の実家は、本当に売れないのか

ここまで読んで、「うちの実家は田舎だから、どうせ売れない」と思っている方へ。
その判断は、査定を取ってからにしてください。
「売れない」と思い込む3つの理由
| 思い込み | 実際 |
|---|---|
| 「駅から遠いから」 | 地方では車が前提。駅距離の重みが都市部とまったく違う |
| 「古すぎるから」 | 築古でもDIY目的・移住目的の買い手がいる |
| 「近所の家が何年も売れ残っているから」 | 価格設定と売り方の問題であることが多い |
売れる可能性を上げる要素
- 上下水道が引かれている
- 前面道路が2m以上接している(再建築が可能)
- 農地でない(農地は転用許可が必要で買い手が限られる)
- 境界がはっきりしている
- 畑や庭として使える平地がある
「売る」以外の出口もある
| 方法 | 特徴 |
|---|---|
| 自治体の空き家バンク | 登録は無料。移住希望者とつながる |
| 買取業者 | 仲介より安いが、現況のまま・短期間で売れる |
| 隣地所有者への売却 | 最も現実的な買い手。土地を広げたい人がいる |
| 0円・数十万円での譲渡 | 解体費や負担金を払うより安く済むことがある |
とくに隣地所有者は見落とされがちです。農地や山林では、隣の土地を持っている人が最も高く評価してくれます。
比較表を埋めるには査定額が要ります。無料査定は放棄を決めていなくても取れます。
農業委員会への届出と、耕さないときの出口は農地を相続したときの手続きで扱っています。
5つの選択肢を比較する

ここまでを踏まえて、選択肢を並べます。
| 選択肢 | 初期費用 | 手元に残るもの | 向いているケース |
|---|---|---|---|
| 1. そのまま売る | 0円(仲介手数料は成約時) | 売却代金 | 建物に価値がある/立地がよい |
| 2. 解体して売る | 120万〜180万円 | 売却代金-解体費 | 建物が古い/土地に需要がある |
| 3. 相続放棄 | 800円+切手 | なし(他の財産も失う) | 借金が資産を上回る |
| 4. 国庫帰属 | 20万円+14,000円+解体費 | 他の財産は受け取れる | 売れない土地/他に財産がある |
| 5. 活用する | 数十万〜数千万円 | 賃料収入 | 需要がある立地 |
判断の順番は、上から試していくのが基本です。
まず1と2を検討する。 売れるなら、それが最善です。田舎でも売れることはあります。実際、国庫帰属の申請を取り下げた571件が、それを証明しています。
次に5を検討する。 駐車場、資材置き場、農地としての貸し出しなど、土地の形と立地によって選択肢は違います。田舎の実家・土地の活用方法9選にまとめています。
4は、1・2・5がすべて駄目だったとき。 負担金20万円は「土地を持ち続けるコストの前払い」と考えれば、決して高くありません。固定資産税と草刈り代が毎年数万円かかるなら、10年で元が取れます。
3を選ぶのは、借金がある場合だけ。 「実家が要らない」という理由だけで放棄するのは、ほぼ間違いです。

0円で手放すときに残る税金と費用は空き家の無償引き取りで扱っています。
判断のしかた

具体的な順番です。
ステップ1|借金の有無を確認する(1か月以内)
- 信用情報機関(JICC・CIC・全国銀行個人信用情報センター)に開示請求する
- 郵便物、通帳の引き落とし、契約書を確認する
- 借金が明らかに資産を上回るなら、迷わず相続放棄
ステップ2|実家の価値を確認する(1〜2か月以内)
- 不動産会社の査定を複数社から取る
- 固定資産税の課税明細書で評価額を見る
- 「売れない」と決めつけない。査定は無料です
査定の取り方は相続した実家におすすめの不動産一括査定サービス比較にまとめています。
ステップ3|3か月の期限を管理する
- 判断がつかないなら熟慮期間の伸長を申し立てる
- 3か月を過ぎる前に動く
ステップ4|相続する場合、処分の道筋を決める
- 売る/解体して売る/活用する/国庫帰属
- 国庫帰属を選ぶなら、法務局に事前相談する
よくある誤解

「実家だけ放棄できる」
できません。相続放棄は全部か、ゼロかです。特定の財産だけを外したいなら、遺産分割協議で他の相続人に取得してもらうか、国庫帰属制度を使います。
「放棄すれば管理義務から完全に解放される」
占有していなければ、そのとおりです。ただし同居していた人には保存義務が残ります(民法940条)。また、清算人を選任しなければ家は放置されたままです。
「相続放棄すれば固定資産税は来ない」
納税義務はありませんが、通知書が届くことはあります。市町村に受理通知書のコピーを示して連絡してください。
「限定承認のほうが便利」
限定承認は相続人全員で行う必要があり(民法923条)、手続きも複雑です。みなし譲渡所得課税の問題もあり、実際の利用件数はごくわずかです。借金の額が不明な場合の選択肢として覚えておく程度で十分です。
「国庫帰属制度は使いにくい」
数字を見る限り、そうとは言えません。却下・不承認は申請の約3%です。多くは、書類不足と境界の問題です。事前相談を使えば防げます。
「放棄したことを他の親族に伝える義務がある」
法的な義務はありません。ただし、伝えなければ次順位の人が知らないまま相続してしまいます。必ず連絡してください。
まとめ

相続放棄の性質
- 「実家だけ捨てる」はできない。プラスもマイナスも全部
- 期限は知った時から3か月。足りなければ伸長を申し立てる
- 財産に手をつけると放棄できなくなる(法定単純承認)
- 費用は収入印紙800円+切手と安い
2023年に変わったこと
- 民法940条の管理義務は「現に占有している者」だけに限定された
- 遠方に住んでいるなら、放棄後の義務は生じない
全員が放棄したあと
- 相続財産清算人は自動では選任されない
- 申し立てるなら予納金20万〜100万円程度
- 申し立てなければ、家は所有者不明のまま残る
相続土地国庫帰属制度
- 特定の土地だけを手放せる。他の財産は受け取れる
- 数十年前の相続でも使える
- 費用は審査手数料14,000円+負担金(原則20万円)
- 建物があると使えない。先に解体が必要
- 実績は申請5,863件・帰属3,008件・却下と不承認は合計181件
判断の順番
- 借金の有無を確認する
- 査定を取る(無料。「売れない」と決めつけない)
- 3か月の期限を管理する
- 相続する場合、処分の道筋を決める
国庫帰属の申請を取り下げた1,102件のうち、571件が「有効活用の見込みが生じた」という理由でした。
準備をする過程で、売れない土地が売れる土地に変わったのです。
まず、査定を取ってください。話はそれからです。
実家じまい全体の進め方は実家じまいの進め方に、空き家のまま放置した場合のリスクは実家を空き家のまま放置する6つのリスクにまとめています。
相続放棄の前に、売れるかどうかを確かめる
相続放棄は預貯金も含めてすべてを手放す手続きです。 「売れない」と決める前に、訳あり物件を専門に扱う買取窓口の査定を受ける価値があります。
本欄はプロモーションを含みます。掲載内容・条件は各サービスの公式サイトで最新のものをご確認ください。
この記事について
執筆:葉山 湊(はやま みなと)
自身の家族の実家じまいを経験し、そのときに「どこにも書かれていなかったこと」を出発点にこのサイトを立ち上げました。司法書士・税理士などの資格は保有していません。制度や法令については、必ず一次情報(法務省・国税庁・国土交通省・各自治体)にあたって記事に反映しています。
本記事の主な出典は次のとおりです。
・相続土地国庫帰属制度の概要・審査手数料:法務省「相続土地国庫帰属制度の概要」
・負担金:法務省「相続土地国庫帰属制度の負担金」/相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律施行令 第3条・第5条・第6条
・統計:法務省「相続土地国庫帰属制度の統計」(2026年7月31日現在)
・相続放棄:民法915条・921条・939条・940条・952条
制度は改正されます。本記事の内容は2026年9月4日時点の公表情報にもとづきます。 実際の判断は、家庭裁判所・法務局の窓口や、弁護士・司法書士にご確認ください。

